ARTICLEワイン記事和訳

MWシンポジウム ボルドー大会 -part1 15 May 2014

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この記事は2010年6月29日に掲載したものである。フィレンツェで開催されている第8回MW(マスターオブワイン)シンポジウムの初日にあたり、4年前にボルドーで開催された同シンポジウムの様子を思い起こすために再掲する。


MWシンポジウムはほぼ4年に1回開催される。私はオックスフォード(1984年)、ケンブリッジおよびブリストル大学、ウィーン、ナパ・ヴァレーでの開催すべてに参加してきた。唯一参加できなかったのは1990年代に西オーストラリアのパースで開催されたもので、参加者数が最も少なかった回である。フィオナ・モリソン(Fiona Morrison)MWとジャック・リュルトン(Jacques Lurton)(写真)が今年のシンポジウムをボルドーで開催することを思いたったのは2006年のナパ・ヴァレー・MW・シンポジウムの際だった。


今回はフランスの公務員が定年を60歳から62歳に引き上げる法案に抗議して起こしたストライキのため、参加者の足に大きな影響が出た。協会の副議長であるリン・シェリフ(Lynne Sherriff)MWはガトウィックからボルドーに辿り着くまで24時間を要した。そのため彼女が金曜朝の開会宣言で使うためにビーズで飾り付けたブブゼラは日の目を見ることなく、議長であるペピ・シューラー(Pepi Schuller)が彼女の代役を務めなくてはならなかった。ワインライターであり会議の司会でもあったティム・アトキン(Tim Atkin)MWと基調演説を行う予定だったサー・ジョン・ヘガティ(Sir John Hegarty)は共に木曜午前の同じフライトを予約していたが、トゥールーズ経由で土曜日の午前2時になってようやく到着した。

水曜日に川沿いの歴史地区に再生した建物の一つであるハンガー14でリラックスしたワインテイスティングとディナー(ジロンド川には花火も上がっていた)を楽しみ、翌木曜の朝から、商工会議所長でもあり、CIVBの副会長でもあるカンパニー・メドケーヌのジョルジュ・オーサルテール(Georges Haushalter)によるボルドー・トレードの概要の解説を皮切りとしたシンポジウムが始まった。彼の統計では中国はすでにボルドーの4番目の輸出先(おそらく量として)となっていること、現在ボルドーには300のネゴシアン、93のブローカー、およそ10000の生産者がいること、などが話された。

最初のセッションは「ワインとウェブ」という、近年ではよくあるタイトルだったが、私の同僚であるパネリストたちは非常に斬新な切り口を提供してくれた。セラー・トラッカー社のエリック・ル・ヴァイン(Eric Le Vine)は数年ぶりのボルドー訪問だったので、シンポジウムの後にアメリカ人のボルドー愛好家であるジェフ・レウェ(Jeff Leve)の企画で数日間様々なシャトーを訪れて充実したテイスティングと食事を楽しんだそうだ。彼は300名の参加者に様々な最新の発明、たとえば自慢のオーグメンテッド・リアリティ(=拡張現実;個人的にはこの技術を必要とは感じなかったが)などについての多くの情報を提供した。ローワン・ゴームリー(Rowan Gormley)はオンライン・ワイン販売を通じて彼が経験した「冒険」を紹介し、自身のネイキッド・ワインズ(Naked WInes)の新規立ち上げについて話した。おかげで私はこのシステムをようやく理解できたとともに感銘を受けた(顧客がワインを選び、その生産から出荷に投資するというシステムで、ワイン・サーチャーなどのサーチエンジンでしばしば問題となる在庫に関わるリスクを伴わない)。また、イーベイとベストバイの元最高マーケティング責任者であるマイク・リントン(Mike Linton)が披露したのはその膨大な専門知識だったが、その分野の知識をあまり持たないワイン好きの聴衆をうんざりさせることなく、情報を与えることに成功していた。

いつものことだが、最も興味深いやりとりは質疑応答であった。この時、珍しいことに最初の二つの質問はインドからのものだった。マーガンディープ・シン(Magandeep Singh)はインドのテレビで有名な快活なワイン・パーソナリティだが(さながらワイン版ボリウッドである)、検索エンジン最適化のコツについて質問していた。ル・ヴァインはグーグル検索でワイン生産者として常に上位に表示されるスヌース・ドットコム(Snooth.com)に絡めて説明していた。二番目の質問はインドワイン協会のデーヴィッド・バンフォード(David Banford)からで、「このようなオンライン取引は流行するのか?」というものだったが、これにはローワン・ゴームリーが「もしそうじゃなければ僕は終わってるよ」と答えていた。我々はできるだけ多くの現実的なアドバイス、たとえばワインの名前がオンラインで確実に容易に検索できるようになる方法などを提供するよう努め、それほど驚くべき情報はなかったかもしれないが、ツイッターで発信した。

ここでコーヒーとカヌレを挟み・・・

午前中2番目のセッションは「旧世界と新世界のインスピレーション」という見過ごしてしまいそうなタイトルではあったが、良質なワインをテイスティングしながらキム・ミルン(Kym Milne)MWの司会で旧世界と新世界両方の経験を持つ著名な生産者の話を聞く、という形式で進行した。

サンセールの11代目の生産者、アルノー・ブルジョワ(Arnaud Bourgeois)はアンリの孫で、ニュージーランド、マルボロの畑の可能性を最大限に引き出すために役立ったのはサンセールで培った様々な畑に関する知識だったと強調した。テイスティングしたワインはテイスティング・ノートを参照のこと。

次はザールのエゴン・ミュラー(Egon Müller)で、彼の最高傑作であるシャルツホフベルガーはあえて避け、ドイツの外で彼が行った有名なベンチャーの二つ、スロバキアと南オーストラリアのものを用いた。「私のワインづくりに関する考えは、できるだけなにもしない、ということです。以前はオーストラリアはワイン作りばかりに注力し、ヨーロッパは畑作りばかりに注力していると考えていましたが、それは間違いだったと気づきました。」かれはオーストラリアで畑に関する理解が進んでいることを述べ、「私が一緒に働いた多くのワインメーカーは私以上に(*訳注)介入をしたがっていたのです」と話した。

スロバキアのベラでの収穫は通常10月下旬に行われるが、カンタでは3月に行うためカンタでの生育サイクルは短いことになるが、オーストラリアの収穫時期は暑く、日が長い。そのため20-30%のブドウに貴腐がつくスロバキアとはブドウの取り扱いが異なる。スロバキアではブドウはすぐに圧搾しステンレスタンクで発酵するが、オーストラリアでは多くのフレーバーが皮に含まれると考えられるため約8時間スキンコンタクトを行ってから発酵する。オーストラリアでは貴腐がつかない代わりに日焼けを起こすことがあり、日焼けした実はレーズンのようなカラメル化した香りのもとになるため取り除く。どちらのワインもステンレスタンクで作られるがその違いはブドウそのものの違いよりも生育サイクルの長さに依存すると言える」

次の話者はかつてポマールでコント・アルマンを作っており、今は世界中でコンサルタントをしているフランス系カナダ人のパスカル・マルシャン(Pascal Marchand)だった。

彼はロング・マセレーション(長時間の醸し)の「信奉者」である。「抽出ではなく浸漬なんだ」かれはチリでは今のところ多くの新樽を使っているが、徐々にその割合を減らすつもりだと述べた。ブルゴーニュとビオビオの明らかな違いは土壌であり、ビオビオは火山性土壌である。ビオビオの気候はやや雨が多いが、総降雨量はブルゴーニュとほとんど変わらなく、雨のほとんどは冬に降る。「ビオビオのような南部では初めての試みだったから、地元の人たちにワイン畑での仕事について教育する必要があった。私のワインへの情熱を彼らに浸透させていく過程は非常に楽しかったよ。彼らを巻き込むためには自分も一緒に働かなくてはならなかったしね。それから孤立した土地だからメカニックも必要なんだ。部品ひとつ取りに行くのにも長い時間がかかるからね。」私はこのような現実的で詳細な話が好きである。そして、我々は翌日、今度は中国での同様な話を聞くことになる。

ゼルマ・ロング(Zelma Long)は南アフリカとワシントン州の赤ワインで、どちらもメルローとマルベック主体のものを用いて話した。彼女はこの組み合わせのうち南アフリカは旧世界であると述べ、彼女と夫のフィル・フリース(Phil Freese)がワーウィック・エステートのマイク・ラトクリフ(Mike Ratcliffe)と共にヴィラフォンテを作っているケープは、彼らが拠点を置くソノマよりも夏は湿度が高く夜の気温が高いと説明した。これらの違いについてはテイスティング・ノートに詳しく記載している。

ボルドーで国際的なワインシンポジウムを開催するのに、世界的なワインコンサルタントであり醸造学者でもあるミッシェル・ロラン(Michel Rolland)抜きということは考えられない。彼はナパ・ヴァレーのシミで彼の国際的なコンサルタントとしてのスタートを切らせてくれたのがゼルマであると述べたあと、どちらも2005年のチリのカーサ・ラポストルとポンテ・カネを用いて彼の「庭」で何が作られているのかを我々に思い出させた。残念なことに私はオテル・ド・ヴィルでの公式ランチに向かわなくてはならなかったため、ミッシェルの話は最後まで聞けず、唯一聞けたのは彼が現在アルゼンチンとマルベックに非常に注目しているが、彼の「旧世界」のワインにそれらをマッチさせるのが難しいため未だ採用に至っていないということだけだった。

ランチでは、ボルドー市がヴィノポリスのような「ワイン文化とツーリズムセンター」を計画し、あのボルドー市中心部の効果的な整備を成功させたアラン・ジュペ(Alain Juppé)市長の全面的な支持も得て、現在首尾よく進行中であると知った(私はあのワイヤレストラムのファンでもある)。2012年に川沿いの歴史地区の北端、旧海軍基地の近くにオープン予定で、ボルドーワインだけではなく、世界のワインを提供するようだ。ランシュ・バージュのシルヴィ・カーズ・レギンボー(Sylvie Cazes-Régimbeau)とグランクリュ組合はこの開発を後押しする主要な勢力である。

飲んだワインはテイスティング・ノートを参照のこと。
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訳注:原文の意味が不明確だったためジャンシス本人に確認しましたが「あいまいな表現なので具体的に何に「介入」したと彼が言いたかったのかは自分もわからない」との返答だったため、そのまま掲載しています。

原文