この記事のショート・バージョンはフィナンシャルタイムズにも掲載されている。
この時期、多くの卒業生諸君は苦労して手に入れた学位をどう生かそうかと考えているに違いない。特定の職種に空きがあるかどうかをここで示すことはできないが、ワインの世界が君たちのスキルを必要としているということは断言できる。
理系を卒業した君たちはワインに関する多くの根本的な疑問が未解決だという事実を知っているだろうか。例えば、ワインは熟成することが可能だからこそもてはやされている。高品質のワインは年単位で、時には数十年も品質が向上する事実上唯一の飲食物である。それにもかかわらず、私たちはワインの熟成過程で実際に何が起こっているのかほとんど知らない。君たちのうちの誰かがこの研究分野に携わり、なぜ熟成するワインとしないワインがあるのか解明してくれたらこれほど素晴らしいことはない。そうすれば高価な保管料を払って長期間忍耐強く熟成を待つ代替法として市販されているスプーンや磁石でできた皿などの小道具と対照的な、熟成を加速する適切で科学的な方法を確立することができるだろう。
もう一つ極めて重要な研究テーマは地質学者と土壌科学者がタッグを組んで、現在も盛んに議論されている土壌とブドウ、そこから生まれるワインとの関係を明らかにすることだ。ある種のワインと畑には、その味わいに影響する強い関連があると考えられているため、ワインをテイスティングする場合にしばしば「石っぽい」コメントが使われている。例えばモーゼルのリースリングはたいてい表面がスレート片で覆われているブドウ畑から生まれるため「スレーティ(slaty)」と表現されることがある。また、数十年もの間、プイィ・フュメのワインはその畑に見られるシレックス土壌が火打石のように見えることから英語圏では「フリンティ」、フランス語圏では「ピエール・ア・フュジ(=火打石)」と表現されてきた。(訳注:シレックス=火打石とする文献が多くありますが、原文に従った表現としています)
同様にエトナ山の斜面で風化した溶岩から生まれた多くのワインには明らかな熱さと刺激的な味わいが共通して認められるため、あろうことか「ボルカニック(火山性の)」とラベルに表示されることがある。このような香りの特徴はカタルーニャのプリオラトの凝縮した赤にも見られ、これらのワインは地元ではリコレリャ(llicorella)と呼ばれる黒スレートと石英からなるキラキラした土壌から生まれる。
ウェールズにあるアベリストウィス大学のアレックス・モルトマン(Alex Maltman)教授のような地質学者にたしなめられるまで、我々ワイン愛好家はみなよろこんで土壌と味わいを関連付けてきたのだが、彼はワインとそれが生み出された畑の地質との間に科学的には直接的な関係があり得ない理由をきっぱりと指摘した。岩石に味はないし、植物はそれらと直接的な相関を持たないのだ。土壌の構造がブドウに必要な水分の供給に大きな影響をもたらすことは誰もが認めることではあるが、構造ではなくその成分がどれほどワインの味わいに影響するのか、あるいはしないのかを調査するのは土壌科学者の役割となるだろう。テロワールを表現するために最も大切なものの中で地形、気候、人の手を除くと、それは土壌に含まれる微生物と大気だろう。ワインの世界ではこの分野の研究も求められている。いつか、これを読んでいる君たちの手によってテイスティング用語の「ミネラル」を適切な根拠をもって使えるようになる日が来るかもしれないではないか。
しかし、求められているのは理系の人間だけではない。普段は眠れる虎と言われるポート・ワイン業界の最近の動きは、私にワイン業界には歴史学者も必要であると気づかせてくれた。20世紀後半、ポートの生産者たちはいかに自分たちが近代的で技術的に熟練しているかを示すことに躍起になっていた。しかし、今世紀に入ってその方針は大きく変わり、何にもまして伝統を重んじる、歴史的な手法(畑で馬を使い、月の満ち欠けに従って瓶詰日を決める)に回帰したのだ。ワイン生産者たちがその全般的な歴史と彼ら自身の歴史に興味を持ってもおかしくないだろう。
先月だけでも主要なポートのシッパー(訳注;販売者)であるシミントン・ファミリー(Symington Family)とフラッドゲート(The Fladgate Partnership)の両者がそれぞれ、ハンドメイドの豪華なパッケージを用いた19世紀の樽熟成ポートを発売している。シミントンのグラハム・ネ・オーブリー(Graham Ne Oublie)は1882年のトウニーの樽から瓶詰したもので、今の世代の曽祖父が苦難の幼少時代を過ごしたスコットランドを抜け出し、ポルトガルに到着した記念に購入したものだそうだ。ただそれ以上の背景は示されていない。
シミントンが歴史を書くのに忙しいと言えば、そのライバルであるフラッドゲート(テイラー、フォンセカ、クロフト)は歴史の書き直しに忙しいと言えよう。最近の一連の調査によると、クロフトのポートハウスの設立は早くても1678年であるとされており、これまでのすべての文書やクロフトがグランド・メット(Grand Met;のちにディアジオに組み込まれた)の一部だった頃にドウロで行われ、私自身も大いに楽しんだ300年祭でもそのように述べられている。ところが最近自費出版されたモノグラフとこのポートハウスの新しいロゴによると、クロフトは1588年創業で、都合よく「ポート・ワイン生産者として現在も活躍する最古の会社である」と述べられているではないか。ワイン業界で歴史的な調査が必要とされる機会が多くあることがお分かりいただけただろう。
では、英文学の卒業生はどうだろう?もちろん、この分野の需要も多くある。近年「話し言葉」でワインが売れることはほとんどなくなってきた。ほとんどのワインは「書き言葉」で売れるのだ。ウェブサイトや棚のPOP、減ってはきているもののカタログや、増えてきているものとしてはバックラベルがそれにあたる。教養のある君たちに参入してほしいと私が思うのはここである。
私はバックラベルには大賛成だ。生産者によっては自分たちのワインは高級品だから、法的に定められた最小限の情報しか必要ないと考えている場合もある。しかし現代の消費者はワインそのものと同じぐらい情報にも貪欲である。彼らはこれから買おうとするもの、飲もうとするものの背景を多少なりとも与えられることを好むのだ。
スーパーマーケットは(政府の圧力もあって)各ボトルにどれほどの「アルコール単位」が含まれているか、そして安全な飲酒量のガイドラインとはなにかを消費者に知らせるのに必死である。彼らはまた、そのワインはどのくらい保存できるか(堂々と)語り、(たいていは嬉々として)その中身と合わせて食べるべきものを教えてくれる。つまり我々はあまり高級でないワインに関しては反比例的に多くの情報を与えられるという環境に置かれており、その逆もまた真である。バックラベルによれば、ブロッサム・ヒル(Blossom Hill)のモスカートは「新鮮な成熟したブドウ、タンジェリン、やわらかなメロンとライムの香りときりっとした後味」がするそうだが、シャトー・ラフィットには何も書いていない。一方賞賛すべきはボルドーの格付けシャトーであるドメーヌ・ド・シュヴァリエで、2005ヴィンテージから詳細なアッサンブラージュをパーセンテージと共にバックラベルに記載している。
ドメーヌ・ド・シュヴァリエの(現グランクリュ協会(Union des Grands Crus)代表でもある)オリヴィエ・ベルナール(Olivier Bernard)はこう語る。「私はワインをテイスティングするときはいつでも、それが世界のどこで作られたものでも、それに使われているブドウ品種を知りたいと思うのです。その品種の新しい表現法が見つかることもありますから。私がそう思うということはたぶん多くの人もそうだと思ったのです。それに、うちの4品種の赤と2品種の白の割合は年によって大きく変わるから、それを明確にしておいた方がいいと思うのです。そして偉大なボルドーのワインはこのアッサンブラージュの恩恵を受けているわけですから、それを公開するべきだと考えています。」
スペインのトーレスとカリフォルニアのリッジなどにも、同様にワインの詳細を伝えようと努力している人々がいる。そしてその文章は非常に洗練されているのだ。こういうところで活躍できる卒業生もいるに違いない。
注目のバックラベル
創作技術賞
オックスフォード・ランディング(Oxford Landing)社
「南オーストラリア州を流れる、かつて遊牧民が羊に水を飲ませたマレー川の岸にある」
・・・この本当の意味は「オーストラリア内陸部の灌漑地域にあるワイン工場で作った」である
大胆で賞
ガロ社(従業員5000人、年商36億ドルの大会社である)
「ガロ一族がワイン作りという芸術にささげる、四世代にわたって受け継がれてきた情熱をこのシャルドネに感じていただけるでしょう」
好んで使われる無意味なフレーズ
「丹精込めて育てられた」 (lovingly grown)
「選ばれた区画の」 (selected parcels)
「限定版」 (limited edition)
「慎重にブレンドされた」(meticulously blended)
「最適な成熟度の」 (optimum ripeness)
(原文)