この記事のショート・バージョンはフィナンシャル・タイムズにも掲載されている。
先日アメリカの高級ワイン専門家をもてなしていた時のことである。彼女は拠点であるカリフォルニアからロンドンに来ており、我々はイソレ・エ・オレナ(Isole e Olena)の、ちょうどその力強さのピークにあると思われる1997チェッパレッロ(Cepparello)というクラシックなトスカーナをオーダーしたのだが、ウェイトレスの手違いで2012のトルソー(Trousseau)が運ばれてきた。これは軽い赤ワイン用の品種で、カリフォルニアのソムリエ達がこよなく愛する二人組、アルノー・ロバーツ(Arnot-Roberts)によってレイクカウンティで作られたものだった。「わあ、いいじゃない。これすごくいいわよ」彼女はこの、原産地であるジュラですら存在感のない、ましてやカリフォルニアのワイン産地ではめったに見られない品種の登場に大喜びだった。
最近の洗練されたワイン飲みの世界とはこういうものである。皆、恐ろしくマニアックなものを発掘することに夢中なのだ。しかし、もっと大きな視野で見た流行はどうだろう?どんな品種が現在のブドウ畑を席巻しているのだろうか?キム・アンダーソン(Kym Anderson)は経済学の教授でアデレード大学にワイン経済研究センター(Wine Economics Research Centre)を設立した人物である。彼は刺激的で、本質的には液体でしかないワインの世界を無機質な統計表に変換し、それを www.adelaide.edu.au/wine-econ.で無料で公開している。
彼のチャートによると、ディスクジョッキー風に言うところの「ヒットチャートを急上昇中の」品種はスペインで最も有名な赤ワイン用品種、テンプラニーリョだそうだ。テンプラニーリョの栽培面積は1990年から2010年の間に5倍に増え、20万ヘクタール(594000エーカー)増加した。そのため、世界の栽培面積は1990年には24番目であったが2010年には4番目にのしあがり、どこにでもあるカベルネ・ソーヴィニヨンとメルロー、そしてそれらに追い越された「スペインの果皮の色の薄い品種」だけがその上位に位置している。
世界のワイン愛好家の多くは、ボルドーの主要な2品種がごく最近までスペインで最も多く栽培されていた白ワインおよびブランデー用品種であるアイレンに今世紀に入るまで勝てなかったと知って驚くだろう。アイレンとテンプラニーリョというスペインで最も多く植えられている二品種がこれほど注目を集めている原因の一つは、スペインは極端に水が不足しており(灌漑はつい最近になってようやく許可されるようになった)、水の供給をまかなうため間隔を非常に広く取ってブドウを植える必要がある点である。最も単純に品種の勢力図を把握する手段として栽培面積が用いられるためスペインの品種はどうしても、ワイン生産量で判断した場合より見かけ上重要な位置づけになってしまうのだ。
とはいえ、テンプラニーリョが世界のブドウ畑に進出してきた情熱には目を見張るものがある。1990年から2010年の間に20ほど順位を上げ、世界で10番目に栽培面積の広い品種にのし上がったシラー(シラーズ)と違って、テンプラニーリョはほぼ単一国品種といえるからだ。ポルトガルでは最も多く栽培されているスペイン品種(そしてポルトガルでは珍しい輸入品種の一つ)であるとはいえ、世界のテンプラニーリョの約90%はスペインで栽培されているのである。
近年の歴史の中で、テンプラニーリョは最も注目を集めるスペイン北部の上質な赤ワイン産地、リオハとリベラ・デル・デュエロの最重要品種として知られるようになった。ただし、前者でテンプラニーリョがガルナッチャ(フランスのグルナッシュ)を完全に上回ったのは20世紀の第四半期になってからである。1960年代という最近まで、テンプラニーリョは典型的にはリオハの赤ワインのブレンドの約40%程度を占めていたに過ぎない。しかし、スペイのワインメーカーたちはガルナッチャよりテンプラニーリョを好むようになってきた。ブドウの成熟が容易で、生産量が比較的多く、安定した品質で樽熟成に向いているためである。また、崇拝を集めるカベルネ・ソーヴィニヨンと骨格が似て、タンニンが長寿命をもたらし、味わい深く甘すぎない、しばしばタバコの葉を思わせる果実味をもつワインを生み出す。
1990年代にスペインはヴァラエタル・ラベリングを採用した。すなわちワインをそれに使った主要な品種の名前で呼ぶのである。有名な(主にフランス由来の)国際品種、たとえばカベルネ・ソーヴィニヨンやシャルドネなどをひたすら植えていた時期もあったものの、生産者はすぐに(当然と言えば当然の結果として)一般的にはスペイン品種の方がスペインの畑によく適合することに気づいた。その主たる選択肢がテンプラニーリョであり、スペインの最も有名なワイン産地であるリオハとリベラ・デル・デュエロの名声のおかげで、それ自身がブランドとなったのである。
その結果、スペイン南部でもテンプラニーリョの栽培が熱心に行われるようになり、特にカスティーリャの台地、ラマンチャで盛んになった。この地域でテンプラニーリョは伝統的にセンシベルと呼ばれているが、はるかにシンプルなこの地域のワインがリオハやリベラ・デル・デュエロの恩恵を少しでも受けることを願ってか、通常はTで始まる単語(訳注:テンプラニーリョ)がボトルのラベルに記載されることが多い。カスティーリャ・ラマンチャではアイレンの畑の多くがテンプラニーリョに代えられており、2010年までに7万ヘクタール(17万3千エーカー)もの畑がテンプラニーリョとなり、リオハあるいはリベラ・デル・デュエロの面積の倍にもなった。このことはテンプラニーリョがスペインで最も多く植えられている品種であることだけでなく、ラマンチャが今やスペインのテンプラニーリョの三分の一以上を栽培していることを示している。ただし、ほとんどのブドウは非常に樹齢の低い若木である。ドン・キホーテの故郷であるラマンチャは極端に夏暑く冬寒いため、一般的に上質のワインには不向きである。ザ・ペニン・ガイド(The Peñin Guide)というスペインのワイン・バイブルは、全1000ページ以上あるその本のうちスペインのブドウ畑の面積の45%を占めるラマンチャにたったの20ページ程度しか割いていない。
ラマンチャのテンプラニーリョは非常に暑い畑の若木から生まれるため、上質なワインを生み出すための凝縮感やフレッシュさに欠けている。そのため、スペインの官庁が7月に合計で400万ヘクトリットル(10億5700万ガロン)、すなわち5億3千3百万本相当のワインを2014年の収穫に備えて工業用アルコールに蒸留すると公表したことは非常に大きな意味を持つだろう。スペインは安価なワインの余剰とワイン業界での取引に多くの問題を抱えている。今やリオハの最上級ワインの中には大きな価値を生み出すものがあるにも関わらず、である。
テンプラニーリョの台頭は果皮の色の薄いアイレンの犠牲だけで成り立っているわけではない。スペインで2番目に重要な赤ワイン用品種、ガルナッチャもその犠牲者である。1990年代、ガルナッチャは世界で最も栽培されている赤ワイン用品種だったが、2010年までに7つも順位を下げ、その総栽培面積は三分の一も減少した。私はこの事実を長いこと憂いてきた。なぜならスペイン全土に植えられた株仕立てのガルナッチャは樽をつかわずとも魅力的な、味わい豊かな赤ワインを非常に手ごろな価格で生み出すことができるからだ。幸いなことにスペイン人たちがガルナッチャを再評価する動きが見えてきており、これはおそらく彼らが低品質なテンプラニーリョの「ワイン・レイク(訳注:ワインの湖=余剰ワインを指す用語)」にうんざりした結果だと考えられる。以下に示した革新的なコンティーノ(Contino)を参照してほしい。リオハのトップ・クオリティの生産者が作るガルナッチャの珍しい例である。
スペインのお気に入り
以下に示すものは全てガルナッチャあるいはテンプラニーリョで作られている。リオハはここのところ良いヴィンテージ続きで、生産者は慣例的に飲み頃になってからワインを販売する。
Evohé Garnacha 2011 Vino de la Tierra de Aragón
£8.55 The Sampler
Bodega Classica, López de Haro Reserva 2005 Rioja
£8.25 The Wine Society (11月3日より販売)
CVNE Reserva 2008 and 2009 Rioja
£14.50 Waitrose, Majestic, Wine Rack, Fresh and Wild, Wimbledon Wine
La Rioja Alta, Viña Ardanza 2004 and 2005 Rioja
From £21 The Wine Society, Divine Fine Wines, Oxford Wine Co, Slurp.co.uk, Roberson, Berry Bros
Contino Garnacha 2010 Rioja
£23 a bottle from The Wine Reserve, D Byrne, Brook & Vine and Islington Wine.
Roda Reserva 2008 Rioja
From £28.20 Tanners, Eton Vintners, The Wine Library, Fortnum & Mason
(原文)