この記事はフィナンシャル・タイムズに掲載されているもののロング・バージョンである。
イギリスでは世界で最も幅広い品揃えの中からワインを選ぶことができるというのがワイン愛好家の自慢であり、これは我が国の輸入貿易の歴史の賜物であると言える。しかし、ポンドがドルよりもはるかに強かった1980年代以降長いこと、イギリスのワインショップの棚やワインリストから非常に重要なカテゴリーが消えていた。カリフォルニアワインである。
この残念な欠落の要因の一つがシリコン・ヴァレーの隆盛である。彼らがハイテク革命の恩恵でカリフォルニアのワイン・ビジネスに投資しそれを活性化するに足る十分な資金を得たことから需要が増大、それに続いてほとんどの人気銘柄の価格がナパ・ヴァレーから遠く離れて暮らしている人間には明らかに品質が価格と釣り合わないと感じるレベルまで上昇した。私が世紀の変わり目に訪れたパリのレストランのワインリストは地域別ではなく単純にワインを価格の安い順に並べてあったのだが、上述のようなカリフォルニアワインがその一番下にぞろぞろと並んでいたことを思い出した。
しかし、私のように最高品質のカリフォルニアワインの力強さと豪奢さを好む人間には朗報がある。カリフォルニアの価格がその果てしない上昇をやめたのだ。そしてさらに重要なことは、カリフォルニアと真剣に向き合うイギリスのインポーターの数が明らかに増えてきたことである。
これまでは、カリフォルニアのワイナリーの名祖であり、クラシックFMの創立者でもあるサー・ピーター・マイケル(Sir Peter Michael)がイギリスに最高品質のカリフォルニアワインを輸入していたほぼ唯一の人物で、彼はそれを自身が経営するニューベリー郊外のザ・ヴィンヤード(The Vineyard)という名のレストランで提供していた。一握りの生産者、シリコン・ヴァレーの丘の上にあるリッジ・ヴィンヤーズ(Ridge Vineyards)やフロッグス・リープ(Frog’s Leap)のジョン・ウィリアムス(John Williams)などは長いことベリー・ブラザーズ系列のエージェントを経由したイギリス市場への参入に積極的だったし、ザ・ワイン・トレジャリー(The Wine Treasury)というインポーターもまた継続的に興味を示していた。しかし、その他にはロンドンのメイダ・ヴェールにあるザ・ワイナリーのデイヴィッド・モーション(David Motion)のような一握りの熱意のある人物以外、ベア・フラッグ(訳注;カリフォルニア州の旗)を掲げる者はなかった。
しかし、ここ1,2年でカリフォルニアとイギリスのワイン業者の間の親交はかなり深まったように思われる。ロンドンのケンジントン・ハイ・ストリートにあるロバーソン(Roberson)は、サンフランシスコ・クロニクルのワイン担当編集者でありザ・ニュー・カリフォルニアの著者でもあるジョン・ボネ(Jon Bonné)と手を組み、丸1日かけたテイスティングや一連のセミナーを行っている。また、ドーチェスター(Dorchester)のカット(Cut)、ザ・チルターン・ファイアハウス(The Chiltern Firehouse)、マッシュ(Mash)、ザ・アベニュー(The Avenue)などのレストランには優れたアメリカのワインリストがあるし、真剣にワインに向き合っているワイン・バーのオーナーであるセイガー・ワイルド(Sager-Wilde)のマイケルとシャーロット夫妻はミッション(Mission)というカリフォルニアワインを幅広く取り扱う2店舗目の店をイーストロンドンに開いた。また、今ではイギリスのワイン商、フリント・ワインズ(Flint Wines)、ザ・ワイン・ソサイエティ(The Wine Society)、ネイキッド・ワイン(Naked Wine)なども国に例えると世界で4番目に大きなワイン産出地であるアメリカのたった一つの州の本当に面白い、特価だったり、最新のカルトだったりするワインを揃えている。
はるかに上品になったシャルドネやピノ・ノワールが注目を集め、多くの無名なブドウ品種が流行の最先端であるとして売られているにも関わらず、カリフォルニアのワイン界の勝ち組は未だにカベルネ・ソーヴィニヨン、あるいは計算しつくされたカベルネ主体の赤ワインで、1976年と2006年のパリ・テイスティングでボルドーを破ってトップに輝いたものをイメージして作られたものである。
毎年増え続け、現在世界の319名のうち35名を占めるアメリカのマスター・オブ・ワインたちのチームは最近、イギリス人に彼らが選んだ最高品質のアメリカのカベルネ・コレクションを見せつける時が来たとの結論に達した。彼らはイギリスの業界がアメリカのあらゆるワインを価格もアルコール度数も高すぎるとして体よく却下してきた事実に注目し、少なくとも十把一絡げの偏見を払拭するための選りすぐりのコレクションをまとめ上げた。
そのコレクションが先月、ロンドン塔とケシの花で満たされた堀を望むトリニティ・ハウス(Trinity House;写真)に並べられた88種のアメリカのカベルネ(70はカリフォルニアのもので残りはワシントン州、ロング・アイランド、ヴァージニア、さらにコロラドのものさえあった)である。それらは注意深く、ナパ・ヴァレーの中ですらサブリージョンによってグループ分けされていた。友人のテイスターの目から見ると、アメリカのカベルネに最も興味を持っていた集団はマスター・オブ・ワイン候補生たちで、彼らの多くは新しいスタイルのヴィンテージがイギリスよりもさらに入手しにくいヨーロッパ大陸からわざわざやってきていた。(典型的なヨーロッパのレストランのワインリストは私の経験上、注文されないまま10年から20年もの間長いこと売れ残った古いヴィンテージのアメリカワインの寄せ集めであることが多い。)
ふたを開けてみると、ヴィンテージの選択は生産者にゆだねられていたため、セラーの一番奥からワインを掘り出してきた人もいた。例えばジョセフ・フェルプス(Joseph Phelps)のインシグニア(Insignia)やフランシス・フォード・コッポラ(Francis Ford Coppola)所有のイングルヌック(Inglenook)のルビコン(Rubicon)、また一世を風靡した1997のヴィンテージでかつてのアイコンワイン、ハイツ・セラーズ(Heitz Cellars)のマーサズ・ヴィンヤード(Martha’s Vineyard)やその現代版であるリッジ(Ridge)のモンテ・ベッロ(Monte Bello)などが2000年代後半の多くのワインなどと共に並んでいた。
しかし、最も多く並んでいたヴィンテージは2010と2011で、北部カリフォルニアではいつになく冷涼で湿度の高い年だったため、イギリスのテイスターたちが想像していた「果実爆弾」は鳴りを潜めていた。一方で2010や2011の中には明らかに臆病な味わいのものもあり、まるで作り手がやや未成熟なブドウをどう扱っていいのか戸惑っているようなものだった。最近はエンジン全開で畑のブドウをできる限り長く樹上に置いて成熟させるようなワイン作りからとにかく離れようとする傾向が顕著で、ともするとアルコールが高すぎないシンプルなワインでさえあればこの流行に乗れると考えているようなものもあるように感じられた。
しかし、このコレクションの中には本当に素晴らしいワインもあり、私自身の好みはほとんどが2010年のものと、一部の古いヴィンテージのものだった。
非常に特徴的だったのは、アメリカのラベルのデザイナーがアルコール度数に関して非常に遠慮がちである点である。12.9(リッジの1997)から15.7(ボーリューのジョルジュ・ドゥ・ラトゥール2010)にわたるアルコール度数を見るためには虫眼鏡が必要なのではないかと思わずにはいられなかった。また、ヨーロッパ人の感覚からすると、ボトルがばかばかしいぐらい重いものが多すぎる。中にはおかしな味のするオークの香りにまみれて爽やかな果実が全く感じられないものもあった。しかし、これらの失望はほんの一部でしかなく、私はすでに次のコレクションを楽しみにしている。
お気に入り
18/20点 Ridge, Monte Bello 1997 Santa Cruz Mountains
17.5/20点 Corison, Kronos Vineyard 2010 St Helena
17/20点
Anakota, Helena Dakota 2009 Knights Valley
Antica 2010 Atlas Peak
Beringer Private Reserve 2010 Napa Valley
Blackbird, Contrarian 2010 Napa Valley
Cain, Cain Five 2009 Spring Mountain District
Cardinale 2010 Napa Valley
Chappellet, Pritchard Hill Estate 2010
Daou Reserve 2010 Paso Robles
Dry Creek Vineyards, The Mariner 2011 Dry Creek Valley
Ingelnook, Rubicon 2005 Rutherford
Lokoya 2010 Mount Veeder
Louis M Martini 2011 Napa Valley
Mayacamas 2008 Mount Veeder
Joseph Phelps, Insignia 2005 Napa Valley
Snowden Reserve 2010 Napa Valley
Stag’s Leap Wine Cellars, Cask 23 2010 Stags Leap District
Stonestreet, Rockfall 2010 Alexander Valley
(原文)