TT:木曜特別シリーズの意。最近の事例に関連のある過去の記事を再掲するコーナーです。
今週ウォルターが書いたオーストラリアにおけるイタリア品種の人気を示す一連の記事の背景として2013年5月11日にフィナンシャル・タイムズに掲載したこの記事を再掲する。
オーストラリアへ行ったことがあれば誰でも、オーストラリアがどれほど害虫や病原菌の国内への持ち込みに神経をとがらせているか知っているだろう。オーストラリアが死に物狂いで保護するその大地に降り立つためには、旅行者は必ず消毒を受けることになる。荷物受取エリアでは訓練された探知犬がどんな小さな食品も、虫がついている可能性のある植物も嗅ぎ分ける。フィロキセラによって19世紀の後半にヴィクトリア州のワイン業界は大きな打撃を受けたが、主要なワイン産地である南オーストラリア州が今もなおこの死の病を逃れているのはこの厳しい検疫システムのおかげである。(写真はヘンチキのヒル・オブ・グレースで3月に撮影)
オーストラリアのことさら厳しい検疫手順と、記録的に暑い夏はワイン業界の発展に大きな影響を及ぼしている。今オーストラリア・ワインの世界でなにより流行しているのはいわゆる「代替品種」、すなわちシラーズ、シャルドネ、カベルネ・ソーヴィニヨンなどの一般的な品種以外の品種である。しかし、穂木が検疫を通過して生産を始められるようになるまでには最長で11年― そう、11年も ―かかることを考えると、これほどまで多くの新しい品種が出回っているのは驚きである。例えば、スペインのテンプラニーリョ、トスカーナのサンジョベーゼの栽培量はもはやカベルネ・フランやシュナン・ブランを超えている。また20世紀までは異端の外来種と見なされていたものの現在はその栽培面積が100ヘクタールを超える品種にはジュラのサヴァニャン(当初スペインのアルバリーニョとして輸入されたが間違いと判明した)、ピエモンテのドルチェット、ネッビオーロ、バルベラ、カリフォルニアのジンファンデル、南イタリアのフィアーノなどがある。
2007年、ギリシャのサントリーニ島で休暇を楽しんでいたジム・バリー・ワインズ(Jim Barry Wines)のピーター・バリー(Peter Barry)は、そこで生産されていた土着品種であるアシルティコのワインの品質に衝撃を受け、この心躍る香りと長く維持される酸は彼の地元である南オーストラリア州のクレア・ヴァレーに向いているのではないかと考えた。しかし、輸入したアシルティコの樹を彼が手にしたのはようやく昨年9月になってのことであり、ジム・バリーがアシルティコのファースト・ヴィンテージを世に送り出すのは更に3年後ということになる。それも、全てが順調にいったとして、だ。聞くところによると、バリーは「ワインをリリースする頃には、このプロジェクトに僕の人生の20%をつぎ込んでいることになるよ。でもこの機会を見逃して「もしもあのとき・・・」と思うよりはましだと思うんだ。」と言っているそうだ。
彼とその家族はしばらくの間アシルティコを彼らだけのものにしておく考えだが、南オーストラリアのヤルンバ(Yalumba)*とチャルマーズ・ファミリー(Chalmers family)は時間をかけてオーストラリアへ輸入した様々な品種を拡散する事業を行っている。キム・チャルマーズはニュー・サウス・ウェールズ州で両親が設立し、2008年に売却した育苗商に生まれた。彼女はそこから川を下ったヴィクトリア州マーベインでイタリア系品種に特化して彼らの仕事を受け継ぎ、オーストラリアの厳しい検疫システムの中でシチリアのネロ・ダボラ、ウンブリアのサグランティーノ、今ではオーストラリアで非常に人気の高いヴェルメンティーノのほとんど、そして「まだまだ評判にはなっていないけれどレフォスコ、スキオペッティーノ、非常に優れたノジオラなど多くの」品種の育苗に貢献していることを非常に誇りにしている。
これらの品種はもともと1998年に彼女の家族が輸入したもので、今になってようやく思うような量のワインが生産できるようになった。長期的な視点に優れる彼女は、その健全な楽観主義も手伝って昨年末にイタリアの白ブドウ品種であるグレケット、ファランギーナ、リボラ・ジアッラ、インツォリア、そしてペコリーノのクローン2種の輸入に着手した。彼女はこれらの品種が最終的にはオーストラリアのあちこちで花開くことを楽しみにしているのだが、先週私が彼女と話した時、彼女はちょうどメルボルン郊外のノックスフィールドにあるオーストラリア検疫検査局から電話をもらったところだった。それは彼女が空輸した60の穂木全てが枯れてしまったとの知らせだった。オーストラリアでグレケットを目にするのは生育期分丸々遅れることになったのだ。ブドウが秋に休眠期に入ってからしか穂木を取ることができないためだ。
選ばれたクローンや品種(例えばチャルマーズではサンジョベーゼは14種類、ネッビオーロは10種類の取り扱いがある)の最大10本の休眠期の穂木は湿った大鋸屑に包まれメルボルン(あるいはオーストラリアでブドウの持ち込みが許可されているもう一つの場所、パース)に届く。それらの穂木は税関で検査を受け、長期検疫に入る前に燻蒸消毒される。60本の穂木全てが枯れてしまったこと、オーストラリアの史上最高に暑い夏が過ぎたばかりだったことから、キムは手荒な燻蒸作業によって穂木が致命的な高温にさらされたのではないかと疑っている。
まず穂木は鉢植えにされ、認証を受けた温室で2回の生育期の間、外来の害虫や病原菌に感染していないかを確認するために検査を受け、観察が行われる。最短で2年半後にようやくキムのような輸入業者は数フィートに成長したブドウの苗を1本だけ受け取り、その品種を商品化し、そこからワインを生産するのに十分な数まで増やす。
そこまで増やすには2,3年が必要であり、ブドウが実を結ぶまでに更に2,3年かかる。穂木を商品として販売するためには1品種あたりおよそ0.1ヘクタールが必要であり、商業的な量のワインを生産するためには更に大きな面積が必要となる。細胞培養を利用した先進の技術で試験を行えば、その工程は数年間短縮することが可能だ。商業的なハンデと、公的品種の所蔵量がオーストラリアの総栽培面積の縮小に伴って減少している点を鑑みて、オーストラリア農業漁業林業省(DAFF)はこのシステムの迅速化を提案している。
しかしオーストラリア人として、当局は植物の輸入は承認を受けた供給元からしか受け付けないという規制を緩めるつもりはなさそうだ。現在のワイン愛好家同様、キムもまたシチリアのエトナ山に育つ古代品種から作られる驚くほど個性的なワインを大いに気に入っているのだが、彼らの責任でネレッロを輸入することは叶わないだろう。なぜならエトナには育苗商がいないからだ。穂木は非公式に栽培家から栽培家へ手渡されているのだ。そこにウィルスがどれほど感染しているかは神のみぞ知る、である。
オーストラリアの代替品種のお気に入り
Crittenden Estate, Los Hermanos Txacoli (Petit Manseng) 2012 King Valley
Crittenden, Los Hermanos Tribute Savagnin 2011 Mornington Peninsula
First Drop, Big Blind Nebbiolo/Barbera 2010 Adelaide Hills
Greenstone Sangiovese 2009 Heathcote
Hahndorf Hill, GRU Grüner Veltliner 2012 Adelaide Hills
Henschke, The Rose Grower Nebbiolo 2010 Eden Valley
Running with Bulls Tempranillo 2011 Barossa
Solita Nebbiolo 2006 Adelaide Hills
ワインの味わいについてはテイスティング・ノートを参照のこと。
*ヤルンバはフランス品種をオーストラリアへ輸入する専門家として長い歴史を持ち、ヴィオニエを代表として大きな成功を収めている。彼らがその故郷であるローヌ北部からその穂木を輸入したのはようやく2000年になってのことであり、そこからワインを生産できるようになったのは2007年のことである。彼らの育苗専門家であるニック・ドライ(Nick Dry)は最近私にメールで以下のように語った。「オーストラリアにブドウを輸入するプロセスにおいて、オーストラリアの検疫システムはオーストラリアを世界で最も「クリーンな」栽培地域としての地位を維持するため非常に重要な役割を果たしています。確かに2年の検疫期間は長く、そして市場への参入を遅らせるように感じますが、我々はその重要性を理解し、その期間を計算に入れて計画を立てることができます。」
「我々は(フランスの公式の育苗商である)ENTAV-INRA®と2003年から提携し、以来40種の新しい品種やクローンをオーストラリアに輸入しました。また、生食用ブドウについてはIFG(International Fruit Genetics)から、マイナーな品種(例えばトロンテス・リオハーノなど)については個別の育苗商から選んで輸入しました。我々はブドウの苗をオーストラリア全土で販売し、さらにインド、中国、インドネシア、日本へも輸出しています。また、繁殖はヤルンバに限定するというライセンス契約を結んでいるENTAV-INRA®とIFG以外の穂木の販売も行っています。ヴィオニエに関して我々が行った事業は大きな成功と満足をもたらしてくれました。」
(原文)