これはフィナンシャル・タイムズに掲載された記事の別バージョンである。
ジムに行ったりロードバイクに乗ったりする人ならご存知の通り、適切な道具選びは重要だ。ワイン生産者とて同じである。彼らも最新の設備を欲しがるのだ。
流行とは移り行くものだ。ワイナリーの最新の装備として挙げるならば、光学式選果機は未完熟果実を人の手を介さずに選別できるし、細いガラスのパネルが取り付けられた木製の発酵タンクは中で実際に起こっていることをワインメーカーが自分の目で確かめることができる。またスマートフォン・アプリはそのような情報をビーチで寝転ぶワインメーカーに転送することすら可能だ。ブドウ畑ではブドウの健康状態を報告するようプログラムされた奇妙なドローンも目にするようになってきた。しかし、今のところ畑で最もよく用いられている新しい技術はソイル・ピット(土壌調査用の穴)だろう。世界中でヴィニュロンたちがこぞって穴を掘っているのだ。彼らはまるで墓穴のように見える不気味な穴をブドウ畑に深く掘り、ブドウの下にどんな土壌が横たわっているのかを見出し、展示し、ブドウの根がどれほど深くまで伸びているか知ろうとしているのである。(写真はチリのレイダ・ヴァレーにあるヴィーニャ・レイダのものだ)
ここ数か月チリのサンティアゴからサンテミリオンまでブドウ畑を歩きまわっていた私は、この畑に掘られた落とし穴を避けなくてはならない場面にしばしば出くわした。例えばズッカルディ・ファミリーは石だらけの下層土(サブソイル)を切り拓き、アンデスのアルゼンチン側の麓にある新しい畑に60以上のソイル・ピットを掘っている。責任者の妻、マルティン・ディ・ステファノ(Martin Di Stefano)は彼のジーンズの折り返しに入ってくる土に常に不満顔だ。
世界中のワイン生産者たちはそのワインを通じてその土地のエッセンスを伝えることに一層の興味を持つようになり、彼らの多くが畑の土壌地図を作製するようになってきた。例えば、アローホ・エステート(Araujo Estate)のナパ・ヴァレーにある有名な38エーカーのアイズリー・ヴィンヤードは土壌、品種、台木、樹齢、そしてその土地の個性によって45ものブロックに分けられている(現時点でブドウ栽培の理想はブドウが均一に成熟したときに収穫することだ)。
ブドウ栽培者とワインメーカーの会話といえば以前はもっぱらオークの種類や発酵温度だったが、今はシスト、石灰岩、砂、粘土、玄武岩、スレートなどなどと言った単語が飛び交う。これは素晴らしいことだと思うのだが、一方で地質学の専門家たちは、多くのワイン記事やテイスティング・ノートが示唆するにも関わらず、畑の地下にあるものとグラスの中にあるものの関連性はないという主張に力を入れるようになってきた。例えば、間もなく発売になるオックスフォード・コンパニオン・トゥ・ワイン(The Oxford Companion to Wine)の第4版に新しく加えられた地質学の項の最後の一文はアベリストウィス大学のアレックス・モルトマン(Alex Maltman)教授によるもので、彼はワインに高い関心を持つ地質学研究者の一人だが、「様々な逸話はあるものの、畑の地質は(直接的、文字どおりの意味で)ワインの味わいには反映されえない」と述べている。
彼の主張はしばしば声高にアデレード大学のピーター・ドライ(Peter Dry)博士や他の科学者たちも繰り返しているが、ブドウが土壌からミネラルを吸収し、それが最終的なワインの中に残るという一般的な概念は全くのナンセンスだというのだ。これらミネラルは植物が吸収できる形では存在しないし、それが意味のある濃度になることもないと言うのだ。彼は基盤岩の年代を議論することも的外れだとはねつけている。旅先で私はしばしば畑の地下にある岩が何百万年前に形成されたかを聞くようになった。カンブリア紀がデボン紀より優れ、デボン紀はジュラ紀より優れている云々、という話だ。しかし、モルトマン教授によると表層土の年代がブドウの成長に寄与し、結果としてワインに影響を与えることはあるとしても、基盤岩の年代が影響を与えるなどということは非現実的だそうだ。
彼は現行のザ・ワールド・オブ・ファイン・ワイン(The World of Fine Wine)に掲載されている地質学的年代に関する多くの神話をことごとく打ち消し、オーストラリア、ヴィクトリア州ヒースコートのヴィニュロン達を一喝した。彼らはその土壌が世界で最も古いと主張しているが、実際には西オーストラリア州マーガレット・リヴァーの基盤岩の方が数百万年も古いのだ、と。彼はまたオーストリアのワイン生産者たちが原生岩(ドイツ語でウルゲスタイン(Urgestein)と呼ばれる)とその他の岩をやたらと区別する点も一蹴し、地質学者たちはそのような言葉や概念を200年も前に捨てていると指摘した。
このように科学的見地に基づいてワイン用語や長年の信仰の大掃除を行うことはある意味歓迎すべきである。ワイン用語は曖昧なことで悪名が高いからだ。我々は漫然と繰り返してきた間違いを払拭すべきだろう。
しかし、しかしである。我々のように毎年何千ものワインをテイスティングする人間にとって、異なる土地のワインの味わいの違いはある程度その傾向が予測できるという事実も見逃すわけにはいかない。そしてテイスティングの経験のある我々の多くはワインの特徴と畑の土壌に関連性を見出している。砂質土壌で育ったワインは常に、隣合う粘土質土壌で育ったものより軽やかで柔らかい味わいとなる。モーゼルのリースリングはブルー(グレー)・スレートで育った物とレッド・スレートで育った物では明らかに味わいが異なる。例の始末の悪いオーストリア人が育てたアハライテン・ヴィンヤード(Achleiten vineyard)のワインと、例えば最も特徴的な赤ワインであるスペイン東部にあるプリオラトのワインは非常に独特な岩石層(もはや土壌でもない・・・すみませんね、モルトマン教授)で育っているが、様々な意味で明確な特徴を持っている。
だから、何かが起こっているのだ。たとえ今は科学的に完全に説明できないにしても。ボルドーのジェラール・セガン(Gérard Seguin)のような科学者はブドウ畑の土壌と岩盤の主要な役割は化学的なものではなく物理的なものだとずいぶん前に指摘している。土の実際の形、硬さ、粒子径、透水性、吸水性はブドウにとって重要な水の供給状態を司り、その結果ブドウの成熟に影響を及ぼす。この点では地質学者もテイスターもみな合意している。
ワインの味わいや口当たりへのより明確な影響に関しては、我々の知識の中に失われた環があるのかもしれない。オックスフォード・コンパニオンでは新たな記述として微生物学的テロワールに関する記述を長いテロワールの(更新された)項を補足する形で追加した。すでに畑、あるいは畑の区画ごとにすら、土壌中、空気中、あるいはブドウについている環境酵母を含む微生物の数には大きな違いがあることはわかっている。特定の地域や国に固有のものもあるだろう。この側面からのワイン生産の研究はまだ始まったばかりだが、ワインと土地の関係性に魅了されている人々にとっては非常に有用であることは間違いない。
現在の課題は畑の土の中および地表で見つかる全ての微生物と土壌の関係性を完璧に探り出すことだろう。
おすすめワイン
以下は畑の土壌をとくに雄弁に語るワインの一例だが、地質学者たちからは同意を得られないことも重々承知している。
Hatzidakis or Sigalas Assyrtiko, Santorini (火山性土壌)
J J Prüm, Wehlener Sonnenuhr Riesling, Mosel (ブルー・スレート)
Dr Loosen, Ürziger Würzgarten, Mosel (レッド・スレート)
Prager or Domäne Wachau, Achleiten Grüner Veltliner Smaragd, Wachau (片麻岩)
Passopisciaro, various Contrade, Etna (火山性土壌)
Quinta do Vallado, Field Blend Reserva, Douro (シスト)
Alvaro Palacios, Finca Dofi, Priorat (リコレリャ)
(原文)