ARTICLEワイン記事和訳 本記事は著者であるジャンシス・ロビンソンMWから承諾を得て、
Jancisrobinson.com 掲載の無料記事を翻訳したものです。

143-1.jpgこれはフィナンシャル・タイムズに掲載した記事の別バージョンである。アルダーの最近の投稿「Is wine ready for its close-up?」も参照のこと。

最近私はニューヨークとワシントンDCで本の発売イベントのため10日間をすごした。オックスフォード大学出版局の出版者の印象に残ったのはスミソニアンで聞いた話でも、私が225冊もの新著にサインしたイータリーの屋上でのテイスティングでもなく、月曜午前中に開催したニューヨークのソムリエの会合に参加したメンバーのリストだった。

ユニバーシティ・クラブのヤニック・ベンジャミン(Yannick Benjamin)、ダニエル・ブルー(Daniel Boulud)率いるダイネックス・グループのダニエル・ジョーンズ(Daniel Johnnes)、ルージュ・トマトのパスカリーヌ・ルペルティエ(Pascaline Lepeltier)、グラマシー・タヴァーンのジュリエット・ポープ(Juliette Pope)、バターリ&バスティアニッチ・レストランのジェフ・ポーター(Jeff Porter)、モモフク・グループのジョーダン・サルチート(Jordan Salcito)、ル・ベルナルディンのアルド・ゾーム(Aldo Sohm)といったワイン・ウェイターたちは今ニューヨーク美食界の新星である。私はソムリエの懇親会で、最近は食事をするのにソムリエを基準に店を選ぶ客もいると教えられた。

この現象はニューヨークに限ったことではない。ロンドンの高級ワイン・ブローカーであるファイン+レア・ワインズ(Fine + Rare Wines)のバド・クシェット(Bud Cuchet)が最近語ったところによると、彼はインスタグラムでニューヨークのソムリエ達を数多くフォローしているそうだ。そこで彼らが公開するワインの写真は「時代の先取りをして」いるからで、時には彼らの間で幻のワインとして知られるような珍しいワインも見られることがあるそうだ。

水曜日にNBCユニバーサルのエスクワイア・ネットワークで新しいTVシリーズが始まった。このアンコークド(Uncorked)は6パートからなる美しいドキュメンタリー・シリーズで、6人の注目を集める人物がマスター・ソムリエ協会の一員に認められるために経験する厳しい試練を追ったものだ。このマスター・ソムリエ協会は番組の宣伝で「世界最高峰の組織であり、その会員になることはすなわち飲食・ワイン業界で最高の職を手にすることにつながる」と紹介されている(番組中何度か米国の主要なワイン流通業者であるサザンに所属する8名のMS(マスター・ソムリエ)に支払われる給与が紹介されていたが、なんともうらやましい額だった)。

このTVシリーズは以前公開されたSOMM(ソム)というドキュメンタリー映画に基づいたものだが、生活のためにワインを注ぐ人たちへの興味と称賛を煽るだけのように思えてならない。続いてメディアのターゲットとしてシェフたちを追いかけることはないのだろうか。(アンコークドのスチール写真に写るMS獲得を成し遂げた女性はローラ・マニエック(Laura Maniec)で、ニューヨークにあるコルクブズ・レストラン(Corkbuzz)とワイン・バーの経営者であり、先月のオックスフォード・コンパニオン・トゥ・ワインの出版記念に際した素晴らしいランチの主催者でもあり、世界中からワインに関わる卓越した女性を集めた人物でもある)

ダニエル・ジョーンズはニューヨークとサンフランシスコでポウリーズ(Paulées;同じ意志を持った仲間と共にワイン収集家に自分の所有する最高のワインを開ける口実を与えるイベントと言える)を運営していることで間違いなく今最も知られた人物だが、今のソムリエ界の状況を必ずしも歓迎はしていない。

1985年当時、ニューヨーク市で自分をプロのソムリエだと考えていたのはたった4人で、彼はそのうちの一人だった(当時台頭していた比較的ワインに無知なワイン・ウェイターとは一線を画していた)。今では、例えばレストラン界で一線を走るダニー・メイヤー・グループのレストラン7軒には合わせて39名のソムリエがおり、8名の料飲ディレクターの下で働いている。「この数には彼らを目標としているセラーの助手は含まれていません」とはジョン・レーガンの言で、彼はメイヤー本社の抱える2名のMSの一人の言であり、同社には更に2名、まだ店舗で現役として働くMSがいる。

私が「ワイン・ディレクター」という言葉を初めて聞いたのはニューヨークでのことだった。おそらく「エグゼクティヴ・シェフ」と似たような使い方だろう。ソムリエとして働くか(そして多くの場合は多額のチップを得る)ワイン・ディレクターとして経営に加わるかの相対的なメリットについては大きく意見が分かれる。TVでおなじみのシェフ、マリオ・バターリ(Mario Batali)によると、オフィスよりも店舗で働いた方が稼ぎが良いと感じている人が多いらしいが、その分ソムリエの勤務時間は社会との関わりを遮断するほど長い。

活気あふれる街でこれほど多くの情熱的なワイン・マニアに囲まれれば、ニューヨークのソムリエが営業後に多くの接待を受けることも全く不思議ではない。だがジョーンズは「ソムリエの中にはそちらにばかり気を取られている連中がいるんです」とこぼした。MSの試験のためにアペラシオンのリストを入念に調べるのは大いに結構だと述べたうえで「彼らがまず学ぶべきことはウェイターとしての仕事であり、いかにテーブルの様子を読み取り、顧客の欲しいものを届けるかである」と言う点では譲らなかった。

彼の元同僚でドリュー・ニーポレント(Drew Nieporent)のトライベッカ・グリルで1990年以来ワイン・ディレクターを務めるデイヴィッド・ゴードン(David Gordon)も彼の意見に同意した。彼はソムリエになりたいと言ってくる人々の中には給仕したいのではなく教えたいという人がいるということを蔑むように話した。雇い主としては販売意欲の強い人の方がまだ歓迎できるところだろう。

おそらく意外なことではないと思われるが、これまでワインの味わいについて唯一の権力者だったワイン・ライターたちはこのソムリエの台頭を喜ばしいとは思っておらず、この現象はアンコークドの視聴者が増えソムリエの物語が語られ続ける間続くとも考えている。ついでながら、ニューヨークのソムリエのかなりを占めるのが魅力的な若い女性であり、メディアにとって格好の被写体であることも付け加えておこう。

一丸となって彼らほどワインに情熱を傾け、ワインの知識を身につけられる人はいないだろうし、その点は素晴らしい。だが私から見ると、おそらく避けられないことだとは思うがある程度の群集心理が働いているように感じる。多かれ少なかれ同じようなインポータと取引すれば、比較的同じようなワイン・リストと、意見と、偏見が生まれるのは無理もない。2012年に「Grüner fights NY faddishness」でも書いているが、私から見れば残念な南半球のワインに対する偏見はその一例であるし、おそらくニューヨークのソムリエ全体のボルドー嫌いがジャン・ムエックス経営のボルドーの有力ネゴシアン、デュクロがSoHoにあるロフトを改築し、キッチンと卓球台を完備したラ・ヴィニコール(La Vinicole)でセミナーつきのテイスティングを通じた若いソムリエへの穏やかな売り込みを行うようになる引き金となったのだろう。

先日は最近米国でのシャトー・マルゴーの販売(名前の後ろにMSが付く人々が得られる素晴らしい職業の一つである)を任されているMS、トーマス・バーク(Thomas Burke)と、(フランスに重点を置いた)ワイン・リストで有名なレベル(Rebelle)のヘッド・ソムリエ、キンバリー・プロコシン(Kimberly Prokoshyn)とのこんな面白いやり取りを目撃した。バークはニューヨーカーがロワールの「ソムリエのお気に入り」であるカベルネ・フラン(レベルのワイン・リストには35種も掲載されている)を喜んで買うのに、赤のボルドーは味わいがとても似ているのにも関わらず買わない、と言う不満を打ち明けると、キンバリーは同僚の同意の頷きに対し、熟成したシノンは熟成したボルドーの格付けワインよりはるかにコストパフォーマンスが良いという点を指摘した。

リーヴァイ・ダルトン(Levi Dalton)は影響力の強い元ソムリエで今はそのポッドキャスト、「I’ll Drink To That」で有名な人物だが、彼は「ボルドー人は、みんなが今求めているのは素朴で職人的なものであって光学選別機ではないことが理解できないだけなんです」と述べた。その「みんな」が指すものこそ、今最も重要なソムリエであるのだ。

ワインメーカーでもあるソムリエ
人気の高さゆえ自身のラベルのワインを発売している米国のソムリエもいる。

グレック・ハリントン(Greg Harrington) -グラマシー(Gramercy)、ワシントン
ラジャ・パー(Raj Parr) -ドメーヌ・ド・ラ・コート(Domaine de la Côte)、サンディ(Sandhi)、カリフォルニア; セブン・スプリングス(Seven Springs)、オレゴン
トーマス・パスツザック(Thomas Pastuszak)とジェシカ・ブラウン(Jessica Brown)- エンパイア・エステート(Empire Estate)、テラッセン(Terrassen)、フィンガー・レイク
エリック・レイルズバック(Eric Railsback) -リュー・ディ(Lieu Dit)、カリフォルニア
ジョーダン・サルチート- ベラス(Bellus)、各地
アルド・ゾーム – ゾーム&クラッチャー(Sohm & Kracher)、オーストラリア
ラリー・ストーン(Larry Stone) – リンガフランカ(Lingua Franca)、オレゴン
ボビー・スタッキー(Bobby Stuckey) – スカルペッタ(Scarpetta)、フリウリ
ダスティン・ウィルソン(Dustin Wilson) – ヴァリン(Vallin)、カリフォルニア

ソムリエのお気に入り
ニューヨークのソムリエ達が今熱中しているものは以下のとおり。

ペット・ナット(Pet-Nat)
自然派ワイン全般(Natural wines in general)
ロワール
ジュラ
コルシカ
ヴァレ・ダオスタ
アルト・ピエモンテ
サルディーニャ
エトナ
フィンガー・レイクス
無名の品種

スチール写真はアンコークドのものでエスクワイア・ネットワーク提供

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