ARTICLEワイン記事和訳 本記事は著者であるジャンシス・ロビンソンMWから承諾を得て、
Jancisrobinson.com 掲載の無料記事を翻訳したものです。

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この記事の別バージョンはフィナンシャル・タイムズにも掲載されている。現時点における今年の日本ワインのテイスティング・ノートも参照のこと。

信じられないかもしれないが、日本にもカルトワインなるものが存在する。あるいは日本はそのワイン・シーンを一時席巻していた標準仕様のシャルドネやカベルネではなく、カルトワインしか作っていないのでは、と考えていた読者もあろう。日本ワインへ興味を持つ人々はその品質の向上と共にここ5年間で増加したが、この国の卓越した料理人たちがその料理との組み合わせを積極的に考えるようになってきたのも一助となっている。

以前日本のワイン生産が公式な国際レベルの文脈に現れた時は、日本の2012の収量がウルグアイと同等であり、カナダ、スロベニア、トルコ、レバノン、イスラエル、そして北アフリカの国々よりも多い、という話だった。

1980年代、ヨーロッパのワイン生産者は日本を最近の中国のような高級ワインの潜在的かつ巨大な市場としてとらえていた。輸入業者たちはもてはやされ、日本のデパートは地球上で最も羨望を集める高級ワインのコレクションを並べるために売り場デザインまで変えた。

今日、日本ソムリエ協会には11,000名の会員がいる。ここで言う「ソムリエ」とは必ずしも生活のためにワインを注ぐ人ではなく、公式なワイン教育及び試験を受けるほどワインに十分な興味を持っている人々を意味する。東京きってのワイン教育機関、アカデミー・デュ・ヴァン(公正を期すために公表すると、私は特別顧問を務めている)では毎期6,000人の日本人生徒を教えている。彼らがアジア最大級と自負する150ものコースには日本酒の講座も含まれている。日本への4回の訪問を通じて、日本人の舌の精密さと日本のワイン愛好家の質問の緻密さに驚かされ続けた。

イギリス生まれでニュージーランド育ちの東京のインポーター、ジェロボームのカール・ロビンソン(Carl Robinson)によると、日本人は外食、すなわち日本食以外の高級レストランでだけでなく、ようやくワインを自宅で飲むようになり始めたところだそうだ。またワインは若い日本人女性にとって、時間を問わずに選択肢に入る飲み物となったようだ。

そして注目すべき傾向としては日本人がクラシックなボルドーやブルゴーニュを越え、新しく時には刺激的なものをたしなむようになってきたことがある。他の多くのアジア諸国同様、チリが量換算では最も重要なワイン供給者である。安価なワインや濃縮果汁を輸入しわずかな国内産のワインをブレンドして国産のラベルを貼るという日本の慣習は残っているものの、2018年からはそのような液体は明確に「輸入」とラベルに記載しなければならないこととなった。日本人は長きに渡りシャンパーニュの熱心な消費者であり、パリ東部でスターの座を手にするよりずっと以前から自然派ワイン、すなわち添加物なしで注意深く作られたワインが受け入れられてきた。

一方、日本人は彼ら自身の生み出すワインに誇りを持つ理由が次第に増えてきている。新進の日本ワインはほぼ自然派ワインと同義で、非常にライト・ボディで比較的爽やかなものが多い。また、輸入品種の品ぞろえは並外れている。ケルナー、トラミナー、ツヴァイゲルトなどがアメリカ系品種であるナイアガラやデラウェアと並んでこの国の貴重な土地(畑は基本的に小さい)を奪い合っているのが現状だ。

頑健なアメリカ系品種が多いのは驚くことではない、日本の夏は非常に難しいからだ。台風は珍しくなく、多くの地域で湿度が高い。ブドウが非常にかかりやすいカビ病の蔓延には絶好の環境なのだ。私のお気に入りの日本のブドウ畑の写真は、房の一つ一つが紙の傘に包まれたものだ。最も、これらは醸造用ではなく、生食用ブドウに通常使われる手法だが。

この国独自の品種と言えば変わった名前のマスカット・ベイリーAで、うどんこ病や腐敗に対する抵抗性を上げるために交配された日本独自のハイブリッドだ。アメリカ系の遺伝子が多く含まれているため変わったキャンディ香がすることが多いのだが、主要なワイン生産者の一つ、サントリーは、一部国産の樽を用いて熟成することでその手綱を手中にした。彼らの作るジャパン・プレミアム・マスカット・ベイリーA 2012は日本の重要なワイン審査会で入賞し、すぐに完売となった。

東京のすぐ西にある山梨は偉大な富士山(写真はグレイス・ワインから)を見上げる伝統的に最も重要なワイン用ブドウ栽培地であるが、山梨の北に位置する長野にも台風の被害が比較的少ないこともあってブドウの進出が活発だ(会員の皆さんがこちらからワールド・アトラス・オブ・ワインの第7版で日本のワイン地図を見ることができる)。だが日本ワイン生産の流行最先端の地は北にある島、北海道(最近7歳の男の子が両親に森に置き去りにされて見つかった場所)と、やはり北部にある山形だ。地球温暖化前にはそれらはブドウ栽培には寒すぎると考えられていたが、今はある意味温暖化の恩恵をこうむっていると言える。

日照時間は比較的短いため、早熟な品種であるピノ・ノワールですら十分な果実味を持った物を生産するのは難しい。そして11月の降雪より前に剪定をしなくてはならない。上述のカルトワインは北海道のピノ・ノワールだ。

私は日本在住唯一のMW、大橋健一(田中麻衣が日本人初のMWだがロンドン在住である)と3月に東京で食事をすることになっていた。彼はその会合に一番遅く表れたが、半分空いたタカヒコ・ソガのナナ・ツ・モリ2014のボトルをまるでやっと手に入れたトロフィーのように誇らしげにかざしながら登場した。

それは間違いなく赤のブルゴーニュと同じ品種だったが、あらゆる意味で非常に軽く、典型的な青い茎の香りがした。これは私が常に完熟に満たないブドウを除梗せずに作ったワインに感じる香りだ。このワインの日本での魅力の一つは抗酸化剤が一切使われていない点だが、若干の不安定さも感じた。だが出来栄えは見事であり、数日間の日本滞在中に飲んだ日本ワインの中では間違いなく印象的なものだった。

一方で、とりわけ外国人に魅力的に映る日本ワインのスタイルは甲州だろう。辛口の白ワインで、主に山梨で同名の生食用の品種から作られる。甲州は台風の被害から守るには都合のよい厚いピンク色の果皮を持ち、最高品質のワインから感じる香りは奇妙なことかもしれないが私には米や日本酒を思い起こさせるものである。軽やかでさわやか、非常にニュートラルなスタイルはいい意味で禅様ともいえる。非常に日本的であり、刺身とよく合うと私には感じられた。ほかのどの古典的なヨーロッパのワインとも違う。様々な甲州がイギリスのワイン・リストに安定して掲載されるようになっており、こんなところに、というような場所でも(例えばマークス&スペンサーなど)見つけられる。グレイス、ルミエール、蒼龍、くらむぼん、ルバイヤートはすでにイギリスに輸出されている。グレイスはベルギー、デンマーク、スイスで入手可能だし、ルバイヤートもスイスにインポーターを持つ。

アメリカのソムリエは(まだ)このエキゾチックなワインに気づいていないようだ。

日本ワインのお気に入り

これらのお気に入りは今年テイスティングした約50種の中から選んだお気に入りで、アルファベット順に記載した。

ココファーム、余市ピノグリ 2014 北海道
グレイスワイン、キュヴェ三澤 明野甲州2015 山梨
グレイスワイン 菱山畑・プライベート・リザーヴ・甲州2015 勝沼
原茂ワイン、ヴィンテージ甲州2014 山梨
勝沼醸造、アルガブランカ・ブリリャンテ2012 山梨
くらむぼん、ソルルケト甲州 2015 山梨
ルミエール、光甲州2014 山梨
シャトー・メルシャン山梨甲州 2011 山梨
ルバイヤート甲州 2012 山梨
蒼龍、甲州2014 山梨
サントリー、登美の丘甲州2014 山梨
サントリー、ジャパンプレミアム・マスカットベイリーA 2013 長野
タカヒコ・ソガ、ナナ・ツ・モリ ピノ・ノワール2014 北海道

(原文)