この記事のショート・バージョンはフィナンシャル・タイムズにも掲載されている。
長きにわたりシャンパーニュはワインの世界で最も洗練され、最も効果的な広報機関だったと言えよう。消費者はシャンパーニュが、いやシャンパーニュだけが、お祝い事や洗練されたディナー・パーティで社会的に受容される潤滑剤であると信じ込んでいた。
ところが全ては変わった。非常に多くの熱烈なワイン・バイヤーたちはプロセッコを二番目の選択肢としてという意味ではなく選ぶようになっている。それがたとえシャンパーニュや二次発酵を個々の瓶内で行うことで泡を生み出している他のワインと異なり大きなタンク内で行うというはるかに工業的な製法で作られているにもかかわらず。私はプロセッコと相性が悪いことを告白せねばならない。私にとってプロセッコのほとんどが甘すぎ、理由はわからないが1,2口(くち)プロセッコを飲んだだけで頭痛が起こるのだ。だがこれは遺伝的なものではないようで、その証拠に娘はプロセッコが大好きである。
これまでワインの世界に関わる偽ニュースが出たことはほとんどないのだが、先の1月、プロセッコの生産者が実質的にイタリア北東部すべてに存在する14,154ヘクタールもの生産地域をユネスコの世界遺産として申請しているという記事を読んだとき、正直に言うと偽ニュースではないのかと思ってしまった。プロセッコは2009年、狡猾にもその主要品種であるブドウでその名の由来でもあった品種をグレラという名称に変更することで栽培面積を一夜にして倍増させ、プロセッコという名を原産地保護名称として登録している。(それでもオーストラリア人のようにわが道を行く人々は、このスタイルがあまりに人気が高いと言う理由でPの付く単語を使うのをやめていない。)
先月シャンパーニュ人たちは大挙してロンドンを訪問し、キングス・クロスにあるロンドン芸術大学の大ホールで自分たちの製品をイギリスのワイン業界人向けに紹介した。生産者とブランド両方を代表するという繊細な業務を行う公的機関、シャンパーニュ委員会の総局長であるヴァンサン・ペラン(Vincent Perrin)に質問をする機会があったので、けして成績の良くないシャンパーニュの出荷量について尋ねてみた。二大マーケットであるフランスとイギリスはどちらも縮小傾向だが彼は強気な姿勢を崩さなかった。彼はブレグジット後のポンドの下落によるイギリスでの減少は想定内だったと述べ、ポンド安でイギリスへの訪問者が増えるはずだから、イギリスはシャンパーニュにとってショーウィンドウの役割を果たすはずだと述べた。その点について私はややこじつけなのではとも感じたが、ノン・ヴィンテージ・ブリュットに比べてロゼやプレステージ・キュヴェ(上級ライン)の成績が良いと言う彼の主張には同意である。
ボランジェを輸入する会社のトップでイギリス・シャンパーニュ協会(CIVC)会長でもあるアンドリュー・ホーズ(Andrew Hawes)もまた全てに肯定的な姿勢を崩さなかった。彼はイギリスのスーパーマーケットによる安価なシャンパーニュの値引き合戦が落ち着いた点はよいニュースだと話した。世界的なシャンパーニュの出荷量は2007年がピークだが、彼は「2008年の金融危機以降に市場の回復が私の想像したほど早くない点には驚いています。」(上の写真は左がホーズ、そして解説中のペラン)と述べるに留まった。
フランスとイギリスで二束三文で販売されていたスーパーマーケット自社ブランドのシャンパーニュの悲惨な品質がシャンパーニュのイメージを傷つける大きな脅威であるのは間違いない(その脅威はCIVCの極端に訴訟好きな名称保護部門が行っている、全く無益な3年にも及ぶシャンパン・ジェーンと名乗るオーストラリアのワイン・ライターとの闘いよりもはるかに大きい)。
面白いことに、シャンパーニュの命運をペラン、ホーズ両氏と議論している間、一度もPの付く名前もCのつく名前にも触れることがなかった。私がカヴァ、プロセッコ、そしてイタリアのより成熟した瓶内二次発酵のスパークリングワイン、たとえばフランチャコルタやトレントDOCを想定して「競合」について質問を投げかけると、シャンパーニュ生産者(出荷量が2009年に総量の4分の一以上にまで至り、その後20%を切るほどまで衰退した小規模生産者)を代表する女性はわずかに冷笑を見せただけだった。ヴァンサン・ペランは擁護するようにシャンパーニュの売り上げはスペインとイタリアで上昇し続けている点を指摘した。アンドリュー・ホーズは大胆にもこれらカテゴリーの成長はイギリス人がスティルワインから華やかなスパークリングワインへ移行していることにも見て取れると話し、こう付け加えた。「ピラミッドの底辺に流入してくる人々がいることは良いことです」
そしてその会場では誰も触れたがらない話題があった。今やその品質は疑う余地がなく、ポンドでつけられる価格は輸入スパークリングとの競合で優位になるはずのイングリッシュ・スパークリング・ワインだ。私が得た反応は忍び笑いと頬の紅潮だけだった。ヴァンサン・ペランにシャンパーニュ以外のスパークリングをどのぐらいテイスティングするのか尋ねると、彼の解答は「日本で1本飲みました」だけだった。
彼は技術的に最先端であり続けるためにCIVCが行っている大量の研究をオープンにすることを重視していると主張した。今回のテイスティングではCIVCの科学者たちによる革新的なプレゼンテーションを行うことを誇り、「ラウンド・テーブル」と名付けていた。だが実際それほど「ラウンド」なテーブルではなかったと言わざるを得ない。私が参加したのは若いが非常に有能な研究者であるデルフィーヌ・ゴフェット(Delphine Goffette)によるシャンパーニュ生産における酸素の役割に関する素晴らしい講演で、シャンパーニュのスタイルが熟成行程に使われる王冠の酸素透過性によってどれほど左右されるかというものだった。ところが、シャンパーニュ専門小売店であるザ・ファイネスト・バブルのニック・ベイカー(Nick Baker)はそのスライドの1,2枚を彼のウェブサイトに使ってもいいか尋ねると「文書やプレゼンテーションのやり取りは行っていません」と言われていたのだ。
このように遠回しな言い方で書くことは非常に意地が悪い点は自覚しているが、これはシャンパーニュがスパークリングワインの世界でトップに君臨しているのが明らかであるからこそだ。私がこれまでテイスティングした、ワインと二酸化炭素の混じり合った偉大な飲み物の99%以上はシャンパーニュで、プレステージ・キュヴェ、あるいは最高に恵まれたヴィンテージのワインだ。もちろん印象に残るほど上質な例はブラジル、イギリス、イタリア、スペインなどのものもテイスティングしたし、良質なスティルワインを作ることのできる全ての国はそれなりの品質の泡も作っている。だが最高品質のシャンパーニュはそれらすべてに勝るのだ。
それらをテイスティングすることはプロのワイン・ライターであるうえで大きな報酬であるし、それを楽しむ我々は皆、ボルドー人同様シャンパーニュ人も毎年さらに良い品質のワインを作るために継続的な研究開発の努力を続けている事実に深く感謝しなくてはならない。ロデレールのようなシャンパーニュ・ハウスはさらに、真にサステイナブルな畑づくりにまで動き出している。次第に気温が高くなる夏が意味するのは、今ではブドウは雨を恐れてタイミングを決めるのではなく、酸のレベルは落ちてくるものの、完全に熟した状態で収穫することができるということだ。このことの長所は、酸の高すぎるワインを補うために糖を加えすぎた、甘いのに酸っぱいシャンパーニュがあまり見られなくなってきたことだ。全体的にシャンパーニュは辛口で果実味が熟した味わいになってきている。
それから私が歓迎するもう一つの進歩は、かつてに比べて意図的に泡の刺激を控えめにするシャンパーニュが増えてきている点だ(ワインメーカーは瓶内二次発酵を起こすために添加する物質を調整することでこれを決めることができる)。とどのつまり、皮肉にもその存在感が薄れつつあるものの、現在のシャンパーニュはかつてないほど品質が向上しているのである。
お気に入りのヴィンテージ・シャンパーニュ
最近ロンドンで開催されたテイスティングでは現行のヴィンテージ・シャンパーニュに注目した。ノン・ヴィンテージのシャンパーニュを特定するのは非常に難しいためだ。2008は明らかに最高のヴィンテージだった。これらのワインとそれ以外の多くも含むテイスティング・ノートも参照のこと。
Bollinger, La Grande Année 2007
Bollinger RD 2002
Le Brun de Neuville 2006
Deutz Blanc de Blancs 2009
Drappier, Grande Sendrée 2008
Gosset, Grand Millésime 2006
Charles Heidsieck 2005
Janisson Grand Cru 2006
Lallier Grand Cru 2008
A R Lenoble Blanc de Blancs 2008
Henri Mandois, Victor Mandois Vieilles Vignes 2007
Bruno Paillard Blanc de Blancs 2006
Philipponnat Blanc de Noirs 2009
Pol Roger 2008
Louis Roederer 2009
Vazart-Coquart, Spécial Club Blanc de Blancs Grand Cru 2008
Veuve Clicquot 2008
(原文)