オーストラリア・ワインの生産にアジア人が直接関わる例が急速に増えている。この記事の別バージョンはフィナンシャル・タイムズにも掲載されている。All change in the Yarraも参照のこと。
メルボルン郊外のヤラ・ヴァレーにあるヘレン&ジョイ・エステート・ワイナリーはこの上なくオーストラリアらしく聞こえる名前だが、実際はヘレンもジョイも中国人夫婦が自分でつけた英語名だ。彼らはオーストラリアのワイン産地に投資をしようと決めた中国出身の数多の実業家のうちの2人だ。
最近私はオーストラリアで1週間を過ごしたが、近年マイナーなシャトーが次々と中国人によって買収されているボルドーと同様、彼らアジア人移住者による活動が目立っている。彼らの中には買収すること自体が目的の人もいる。買収によって中国でマーケティングのウ用途でその名前や画像を使う権利を得ることができるわけだが、従業員や、場合によっては畑やワインすら、放置状態になることも多い。ワイナリーによっては(ボルドーでは間違いなく)、ワインの生産を念頭に置いたものではなく、マネー・ロンダリングを意図して買収されたものもあるようだ。
だが中国人の参入は、はるかにポジティブな側面も持つ。中国は現在オーストラリア・ワインにとって、2位を占めるアメリカのおよそ2倍にもなるほど非常に重要な市場だからだ(我々イギリス人もかなりの量のオーストラリア・ワインを仕入れているが、比較的安価なものが多い)。
トレジャリー・ワイン・エステート(TWE)はオーストラリア・ワイン業界をけん引する二大勢力のうちの一つだが、昨年はその収益の41%をアジア、特に中国が占めている。この国は10年前にはオーストラリア・ワインの輸出統計には全く出てこなかった国だ。トレジャリーは狡猾にも特に恵まれた中国の富裕層をターゲットに、毎年新たなペンフォールド・コレクションの「絶対に買うべきワイン」をリリースしている。ある年はワインが特別なアンプルに入れられていた。今年は新たなシラーズのブレンドで、Bin 111aと呼ばれるそれはイギリスでは楽観的な1本あたり850ポンドという価格がつけられており、彼らの誇る世界的に有名なフラッグシップで60年もの歴史を持つペンフォールズ・グランジより60%も高い。
中国での売り上げがあまりに強力にTWEの財源を膨らませたため、TWE自身がヨーロッパで最も神聖なワイン産地での買収に乗り出し始めている。ペンフォールドはシャンパーニュ生産者のティエノと共同ブランドと言う形で一連のシャンパーニュを発表し、世界で最も地代が高いと言われるシャンパーニュで畑の獲得を目指している。トレジャリーはまた、今年の初めにはボルドーのシャトーで安定したクリュ・ブルジョワのカンボン・ラ・プルーズを買収した。だがTWEのディレクターは私が最近オーストラリアを訪問した際、彼らが本当に求めているのはボルドーの厳格な格付け制度の中でクリュ・ブルジョワの数段上にある、格付けシャトーの獲得だと話してくれた。
中国人がオーストラリアのワイン業界に興味を持つのは特に驚くべきことではないが、最近ヤラ・ヴァレーのワイン生産者のグループと話した際に得た情報から、その成長が非常に早く、実質的なものとして起こった点は驚くべきことと言える。オーストラリアのワインにとって委託醸造というのは非常に重要な要素だが、ヤラのロブ・ドランは15もの企業のためにワインを作っている。そのうち5社は中国人所有で、さらにそのうち4社は中国だけに輸出している。
ヤラ・ヴァレーのワイン業界で父親的存在とされているスティーヴ・ウェバーが私に話したところによると、現在ヤラ・ヴァレーの畑の内15%ほどが中国人の所有となっているが、彼は皮肉っぽく「彼らがそこから金を生み出すのがどれほど大変か気づくまででしょうけどね」と付け加えた(前回私がデ・ボルトリの彼の元を訪れたのはちょうど10年前、ブラック・サタデーと呼ばれる山火事が谷を壊滅的に破壊した翌日だった。彼もまた、その悲劇から長い時間をかけて立ち直ってきたワイン生産者の一人なのだ)。
現在のオーストラリアのビザの規則は成功を収めている中国人の移住者に寛大で、よく知られているパターンは子供をメルボルンの小中学校や大学に留学させている中国人が、そこから1時間以内で訪問できる、特に美しいワイン産地に魅了され、そこに投資しようと決めるというものだ。「だが彼らの多くはコンサルタントや建築業者の餌食になってしまうんです。」ドランによるとそういった新しい所有者はただ「座ってワインが作られるのを見ているだけ」なのだそうだ。パント・ロードのティム・シャンドもこれらの新参の中国人たちにはワインに関する戦略が欠けていることに同意した。
だが、私はそれらのコメントから、これからヴィニュロンになりたい中国人に対するあからさまな偏見は感じなかった。ヘレン&ジョイのヘレンのように、彼らに完全に受け入れられている人もいる。彼女は最近開催されたヤラ・ヴァレー・シャルドネ・シンポジウムのコミッティの一人だったが、このイベントはこの80年で最も暑い10月に、エアコンのない会場で開催されたことを鑑みると驚くほどの成功を収めている。ヘレンは賢明にも、人気のあるマスター・オブ・ワイン、メグ・ブロットマンを雇ってヘレン&ジョイのワインを作らせている(ちなみにそのワインは現在メルボルン空港のエティハド航空のラウンジで提供されている)。
サンシャイン・クリークと、ハンドピックド・ワインズも中国人所有のヤラのワイン企業として言及されており、その歴史も長いことは明白だ。中国でワインを販売して一財産を築いたイピン・ワン(Yiping Wang) は広く尊敬を集めている。彼は2017年、歴史あるセヴィル・エステイト(上の写真)を買収し、現在そこに居を構えている。ダイラン・マクマホンはこのワイナリーの創業者の孫に当たるが、「口を出さない所有者からの投資はこの上なく有意義だ」と認めている。敷地はデザインしなおされ、レストランも新しくなり、訪問者用の宿泊施設も作られ、ワインもそのかつての輝きを取り戻したため、2019年に権威あるハリデイ・ワイン・コンパニオン・アワードのワイナリー・オブ・ザ・イヤーに選ばれた。下の写真はセヴィル・エステートのチームの授賞式の様子で、左から2人目、マクマホンと並んでいるのがイピン・ワンだ。ハリデイは前列の真ん中にいる。
ヤラ・ヴァレーの6軒の中国人所有ワイナリーのうち、4軒はセラー・ドアがある。これはオーストラリア人が旅行客を出迎え、ワインを販売する施設の呼び名だ。シドニーとハンター・ヴァレーの距離よりもさらに州都に近いため、ヤラ・ヴァレーはオーストラリアで最も訪問者の多いワイン産地だ。現在ではその訪問者の半分が中国人となっているため、オーストラリア人所有のワイナリーですら、中国語を話すスタッフを配置しているほどだ。
不動産業者たちがこれほど熱心にヤラ・ヴァレーの土地を中国人に販売しようとしているのは、ヤラ・ヴァレーの畑の80%がフィロキセラに感染していることと関係があるのかと思ってしまう。フィロキセラはブドウの重篤な害虫で、19世紀後半にヨーロッパの畑に壊滅的な被害をもたらした。唯一わかっている対処法はフィロキセラに耐性のあるアメリカ系の台木に接ぎ木した苗に植え替えることで、ヤラ・ヴァレーの生産者たちはそれにゆっくりと取り組んできている。下の写真はヤラ・ヴァレーの歴史的なワイナリー、ヤラ・イエーリングの畑に掲示されているフィロキセラの警告文だ。
一つ問題となることがあるとすれば、天井を知らないほど高くなるブドウの価格だ。オーストラリアは今ピノ・ノワールがお気に入りで、この地域でシャルドネに継いで2番目に多く栽培されている。一方で、地元の人々は年々降雨量が少なく暑くなっていく夏を目の当たりにし、この冷涼気候に向いた品種のヤラ・ヴァレーでの長期的な未来に懸念を示してもいる。ワインを自分で作らずにワイナリーなどにブドウを販売している人々は。貪欲なフィロキセラにどれほど脆弱でも、これらの高い利益をもたらすブドウを植え替えたがらないのも事実だ。
お気に入りのヤラ・ヴァレーのワイン
だがほとんどオーストラリアから輸出されていないのが残念だ。
Bird on a Wire Syrah 2015
£45 RRP UK importer Woodwinters
Hoddles Creek Estate, Syberia Chardonnay 2018 and 1er Pinot Noir 2013
同2017 1er Pinotは£31.50で、同様に上質な普通の2017 Pinot も£19.95 でStone, Vine & Sunで販売されている
Luke Lambert Syrah 2017
£35.70 Hedonism, £41 Bottle Apostle
Mount Mary, Triolet (white blend) 2017 and Chardonnay 2017
Oakridge 864, Funder & Diamond, Drive Block Chardonnay 2017; Pinot Noir, Henk, Aqueduct Block 2017; and Cabernet Sauvignon, Oakridge Winery Block 2017
UK importer Flint Wines
Seville Estate, Reserve Chardonnay 2018
Yarra Yering Chardonnay 2017 and Dry Red No 2 (Shiraz) 2017
Yeringberg (red Bordeaux blend) 2010
これらのワインおよび多くのヤラ・ヴァレーのワインに関するテイスティング・ノートも参照のこと。国際的な取扱業者はWine-searcher.comで見つかるかもしれない。
(原文)