ブレグジットがイギリスへのワインの輸入に与える影響について書いたこの記事の別バージョンはフィナンシャル・タイムズにも掲載されている。上の写真はポーツマスにあるフライト・トランスポート社(Freight Transport)のオフィスでわずか1週間に蓄積した、保税ワイン到着に対応するための書類の山だ(税金を支払ったワインを除いてこの量だ)。
ワクチン担当相のナディム・ザハウィがイギリスのワイン業界の守護神でないことは確かだ。それでも、イギリスの驚くほど速いワクチンへの対応のおかげでポンドが安定し、イギリスのワイン商はブレグジット後に増加したEUからのワイン輸入にかかるコストになんとか対応することができた。
その代わり、ワイン商たちが最も強い口調で批判しているのが輸送と書類仕事の問題であり、特にその書類仕事が文字通り「書類」すなわち紙ベースであるという点が非難の的となっている。ブレグジット以降、イギリスへEUからワインを輸入するスムーズなデジタル・システムが、煩雑な、印刷した用紙を埋める作業にとって代わられてしまったのだ。
ルーマニアにあるフィリップ・コックス(Philip Cox)のワイナリー、レカシュ(Recaş)は世界中に輸出を行っている。特にイギリスに対しては、イギリスに年間700万ポンドもの税収を生み出すほどの輸出量を誇る。彼は「世界中がデジタルへ向かっているこの時代にイギリスだけが、まるで自国の市場だけの問題と言わんばかりに一方的に紙ベースでの書類に退化することを決めてしまった」ことに激怒している。「CHIEF(通関)はもうジョークとしか言いようがありません。40年ほど前の状態に戻ってしまい、目的を達することができないのですから。」
一方、フランスのワイン生産者はフランスの税関に特別な輸出申告書、EX1を書いて提出しなくてはならない。彼らの多くは、その記載方法が非常に複雑なため、専門業者に依頼するよう、税関から言われているという。そのコストは1件につき50ユーロから70ユーロで、さらにセットアップ料金がかかるため、小規模生産者にとっては煩わしいことこの上ない。
もし、ワイン生産者がそのEX1の料金をイギリスのワイン商が負担するよう要求すれば、イギリスへの輸入書類に関わる経費に1件あたり110ポンド以上が追加されることになる。小さな会社であれば単一のワイン生産者からパレット1枚分(一般的に600-720本)程度しか買い取らない。そうなるとボトル1本あたり15ペンスが余計にかかることになるのだ。
ストンーン・ヴァイン&サンのサイモン・テイラーによると、「これまでは新世界からよほど大量の輸送をしない限り、ヨーロッパからの輸送の方が安いのは明らかでした。でも今はそうではありません」。
1月1日からは輸送コストも大幅に上がった。その理由の一つは、新しい官僚主義が輸送時間にも影を落としているためだ。たとえば少量生産で趣のある職人的ワインは多くの場合混載されるが、そのうちたった1件のワインの書類にミスがあれば、そのコンテナ丸ごとが1日、あるいはそれ以上立ち往生するのである。また、イギリスからヨーロッパへの輸出が縮小している今、イギリスとの海峡を積荷なしで戻らなければならない多くのトラックの輸送費を補わねばならず、さらにコストは高くなる。フライト・トランスポートはワイン専門の輸送会社だが、ヨーロッパへ向かって海峡を越えるトラックの30-50%は空だという。2021年以前は5%以下だった。
イギリスのワイン商、プライベート・セラーはワインをEUからイギリスと、ドバイに輸送している。ドバイへの輸出にはEX1は必要なく、数ユーロで発行できる原産地の保証書を電子ベースで求められるだけだ。イギリスはというと、はるかに複雑だ。プライベート・セラーのニコラ・アーセデクネ・バトラー(Nicola Arcedeckne-Butler) MWは「フランスの多くの有識者や、生産者からは多くの不満が聞かれます。でもEUを離脱したのは彼らの選択ではなく、イギリスのものですから、その結果を私たちは甘んじて受け止めるしかありません。」と話す。ブレグジット後、彼女はイギリスにワインを輸入する手順のフローチャートを作成したが、そこには25ものステップを踏まなくてはならないと示されている。
小さな単位で輸送されるワインはこの新しいシステムの悪影響を最もひどく受けている。グラン・クリュや格付けシャトーのレベルになれば1本あたり1,2ポンドの追加で大きな影響は出ない。また、巨大なタンカーでいくつものパレットを輸送し、スーパーマーケットに向けられるようなワインも同様だ。ところが、ワイン愛好家が最も興味を持つような中価格帯のワインを、ほどほどの量でイギリスのインポータと取引していた小さなワイン会社は大きな危機に直面している。
彼らは今のところ、力を増してきたポンドの影響に救われている。例えば今年、リアル・ワイン・カンパニーのマーク・ヒューはラングドックのローラン・ミケル(Laurent Miquel)を2パレット輸入した。その輸送費は昨年の461ポンドから541ポンドに上がったものの、為替レートの上昇のおかげで、結果的に1本あたり5ペンス安く済んだという。
実はこのパレットも悩みの種だ。今やイギリスはEUではないため、木製のパレットに寄生虫がいない証明が必要となり、そのコストがかかるのだ。
オーガニック・ワインの輸入はさらに面倒なことになる。7月1日から、イギリスのインポータはオーガニック製品とそうでないものの混同を防ぐため、イギリスのソイル・アソシエーション、あるいは同等の機関による定期的な査察を受ける必要がある。そのコストは年間
750ポンドだ。さらにインポータはその査察認定用紙を生産者に送り、生産者はそれを認証機関に送って承認印をもらわなくてはならない。そしてその証書はワインと共に送られ、港の保健局に提出される。それを前に、6月のオーガニック・ワインの輸入は記録的な量となるに違いない。
さらに、サンプルの問題がある。インポータが新たにワインをポートフォリオに加えるにも、またワイン・ライターにとっても、サンプルは必須だ。インディゴ・ワインの輸送専門家、ルイス・ウッドは現在の状況をこう話す。「もう悪夢でしかありません。荷物が税関で何週間も止められることもあるので、多くの配送業者は半ばあきらめ気味です。」私自身も人生で初めて、EUから送られてくるサンプルにイギリスの関税とVATが課税されることになる。この問題に関してヤップ・ブラザーズのトム・アシュワースはもう少し楽天的で、1月には5ユーロ相当のサンプル2本に50ポンド取られたことを「ちょっとした苦痛」と表現している。
インディゴ・ワインのベン・ヘンショーはパンデミック以前にはレストランやバーへの卸が専門だった。彼はブレグジットに起因する問題についてはさらに広い視野を持ち、人材確保という意味での問題をこう指摘する。「多くのレストランのスタッフたちはヨーロッパ出身者が多いので、ブレグジット後のイギリスは彼らにとって魅力に欠ける場所になります。」そしてこう続けた。「ホスピタリティ業界と関連事業にとって、これは長期的なデメリットとなると考えられます」。
一方、大西洋の向こう側の事情は少し良いようだ。2019年10月、エアバス問題への報復としてEUのワインに課せられたアメリカの25%の関税がようやく廃止されたのだ。窮地に立たされていたアメリカのインポータたちはこれが永遠に続くことを願っている。ニューヨークにあるスクーニック・ワインズ(Skurnik Wines)のハーモン・スクーニック(Harmon Skurnik)はアメリカ・ワイン業界連盟(US Wine Trade Alliance)の役員で、昨年この関税に絡んで200万ドル以上を支払ったと話すが、「誰も望んでいなかった長く暗い貿易戦争の苦難に満ちた時間がようやく終わりを迎えそうです!」とメールに書いてよこした。
対照的に、中国が11月末にオーストラリアからの輸入に課すことを決めた壊滅的な関税の影響で、昨年12月のオーストラリアから中国への輸出は昨年比でたったの2.3%だった。
これほどまでに政治的な逆風が国際的なワイン貿易に影響を与えた事例を私は知らない。
(原文)