ARTICLEワイン記事和訳 本記事は著者であるジャンシス・ロビンソンMWから承諾を得て、
Jancisrobinson.com 掲載の無料記事を翻訳したものです。

390.jpgワインをサービスする側の目に、我々食べ手はどう映っているのだろうか。この記事の別バージョンはフィナンシャル・タイムズにも掲載されている。

ホスピタリティ業界での人材不足を聞かない日はない。新型コロナウィルスの影響で多くの従事者が、十分な報酬が得られない非社会的な長時間労働の必要性に疑問を感じ始めたようだ。

そうなれば必然的に、我々はレストランの顧客として求めるものを変えていく必要がある。つまり、完全な新人や、明らかに研修中、あるいは経験の浅いスタッフが担当となる可能性があるからだ。

このことを念頭に、レストランの顧客としてどんな人間が最も嫌がられるのか、プロの視点で話を聞いてみたら面白いのではないかと考えた。私はもちろん特にワインに興味があるから、ワインのサービスに長年携わる人たちに尋ねてみた。

レストラン経営者としてはワインの専門知識が必要なわけではない。その中で最悪の事態は予約客が来店しないことだ。ロンドンに新しく開店したノマド(NoMad)のワイン・ディレクター、ギー・パルメ・ブラウン(Guy Palmer-Brown)が指摘するように、「今でもこの業界で珍しいことではない最悪の事態は、予約しておいて来店しないことです。この問題は慢性的なもので、特に個人経営のレストランにとっては最悪であり、事態はどんどん悪化しています」。

多くのレストランが困難に直面する現在、予約を同時に何軒にも入れ、その中から一つだけを選択するという一部の人たちの習慣は全く心無いものであり、飲食店にとって利益を得られるかどうかの瀬戸際まで追い込むひどい仕打ちだ。

一方、チズウィックにあるラ・トロンペット(La Trompette)のヘッド・ソムリエ、ドナルド・エドワーズに言わせれば、最悪なのは水とワインがサーブされたあとにテーブルを移動したがる客だそうだ。だが、さらに大罪と言わざるを得ないのが、ランチを延々と5時や6時までとり続ける客だそうだ。この時間帯はダブル・シフトで勤務するスタッフがようやく座って落ち着ける、神聖な時間帯だからだ。

ティム・ジョンストンはパリにあるジュヴェニル(Juveniles)でとくにワインに重きを置いて数十年に及ぶ経験を重ねた人物だ。彼がいら立つのはリストにあるワインの小売価格を携帯電話で調べ、上乗せされている利益に文句をいう客だそうだ。ジュヴェニルはこの点においてはるかに強欲な店とは対極にある存在であり、小売店と同等の価格をレストランに求めることは無知以外のなにものでもない(とはいえ、パリ、あるいは他の主要都市のレストランの中にはその強欲な値付けにうんざりするものもある)。

パルメ・ブラウンをいらだたせるもう一つの現象は、「無償のサービスを予約の時点で要求してくる」ことだ。例えば「この日は友人の誕生日なんです。レストランからなにかサービスをしてくれませんか?」などという依頼だ。パンデミックの後にホスピタリティ事業従事者たちがどれほど疲弊しているのか我関せずというところか。

ニューヨークからは、ローラ・マニエック・フィオルヴァンティ(Laura Maniec-Fiorvanti)がこう書いてよこした。「私どものレストラン、コルクブズ・ユニオン・スクエア(Corkbuzz Union Square)とチェルシー・マーケット(Chelsea Market)への影響は想定内でした。もちろん、従業員不足はも危機的状況でしたし、レストランでは営業時間を変更し、週に2日は休業し、サービスの手順を変更するなど、対応に迫られましたけれどね」。

月曜の夜に営業しないという決断を非常に多くのレストランが下している。これは利益の最も少ない日に休むことで、多忙なスタッフに休む間を与えることができる反面、完全に有益であるとは決して言えない。熱心なホスピタリティ事業従事者たちがオフの時間に最もやりたいことの一つが外食をして競合相手を知る、あるいは次の勤務先候補を偵察することだ。だが最近は月曜に開いている面白いレストランを見つけることはこの上なく困難だ。

マニエック・フィオルヴァンティはメールでこう続けた。「多くの食べ手に足りないものは辛抱強さだと思います。呼べばすぐに我々が彼らの下に駆けつけるべきだという彼らの期待はこの労働力不足の状況で現実的ではありません。私たちは最善の努力をしています。更に考慮しなくてはならない点は、私たちの誰かがコロナに感染した場合、全てが一瞬にして変わるという点です。仕事に戻る前には全員が迅速に検査を受ける必要があります。マスクを着用し、屋内に迎え入れるゲスト全員がワクチン接種済みだとしても、それは同じです。それに対応する必要があるのは承知していますが、非常に困難を伴うのも確かです。スタッフ、レストラン経営者、ホスピタリティ業界全体へのやさしさが本当に必要とされているのです」。

傷心を映し出すような彼女の口調は、パルメ・ブラウンの中にも見て取れた。彼は接客係がゲストにわが家へ迎え入れるような気持で接するよう繰り返し求められるにもかかわらず、「ゲストの中には誰かの家に招かれたときのようにふるまわず、やりたい放題でいいのだと考えて行動する人が増える傾向にある」とこぼした。

エドワーズのレストラン、ラ・トロンペットは人気のシェ・ブルース(Chez Bruce)ザ・グラスハウス(The Glasshouse)同様、間違いなくロンドンで最もワインに注力しているレストラン経営者、ナイジェル・プラッツ・マーティン(Nigel Platts-Martin)の所有だ。彼が所有するレストランのワインリストは比類ないもので、彼の長年にわたるバイヤーとしての経験による大きな恩恵を余すところなく反映している。プラッツ・マーティン自身が大のワイン愛好家であるため、彼の店ではワインの持ち込みもテーブルあたり2本まで、1本あたり30ポンドの持ち込み料で可能だ。だが、店のワインリストに載っているワインを持ち込むのはルール違反だとエドワーズは考える。

エドワーズはワイン業界でライターとしても、独創的なフードペアリングの提案者としても広く尊敬を集める人物だ。彼は先の5月、イギリスのワイン業界で歴史的な偉業を成し遂げた。ラ・トロンペットのワインリストのオーストラリアのページに、個々のワイン産地の先住民族への感謝の言葉を記載したのだ。キングス・クロスにあるヴィノテカ(Vinoteca)で控えめなランチを共にした際、私は彼にそのリストにどんな反響があったのか尋ねてみた(そのランチで彼はマンサニージャをグリーン・オリーブとガスパチョに、アクセル・パウリーのモーゼル・リースリングを豚の三枚肉に合わせた)。「誰も何も気づいていませんね」。彼はそう言ったあと、超現実主義らしい言葉を続けた。「でも、ワインリストを魅力的にするためには、すごく低コストな発明でしょう」。

私は彼がワインサービスに関して正式なトレーニングを受けたことがないと聞いて驚いたが、おそらくサービスの能力は技術ではなく天性のものなのだろう。当然、プラッツ・マーティンはエドワーズがその価値を証明しなければ彼を雇うことはしなかっただろうから。エドワーズが顧客が、自分がどんなワインが好きか、予算はどれほどなのか、伝えてくれることが最もありがたいと話した。「そうしていただくと肩の重荷がすっと下りるんです」。

レストラン事業の未来に不安を抱くのは彼一人ではない。「今後労働力が大量に得られるとは考えられませんから、賃金は20-30%ほど上乗せしなくてはなりませんし、当然それは価格に反映されることになるでしょう。ソムリエの求人に対し、全く応募がないケースもすでに耳にしています。そうなると開店できる店も減るでしょうし、閉店に追い込まれる店も増えるでしょう。このままではレストラン業界は多様性が欠けた、つまらないものになってしまうのではないでしょうか」。

それならば、我々は今よりもお行儀のよい食べ手になるべきだろう。

レストランのワインリストを最大限に活用する方法

サービススタッフがワインに自信を持っていそうな場合には彼らに質問し、任せること。ワインのプロはワインについて話すのが好きだから。

アドバイスが欲しい場合は予算を伝えること。これは恥ずかしいことではなく、助けになる。

様々な種類の異なる料理を注文した場合、辛口のロゼや軽い赤ワインは汎用性の高い選択だ。私の同僚の一人が現在最も勧めているのはタヴェルのロゼで、フルボディなのでどんな料理とも合わせられる。バンドールのロゼも同様だが、現在大流行中の淡い色をしたプロヴァンスのロゼは少し心もとないかもしれない。

いわゆる無名ワインは一般的に最もお買い得品が多い。ワインの名前に聞き覚えがない場合は価格を基準に選ぶとよい。

テイスティングの儀式について心配することはない。最初にラベルを見せられるのは注文したワインであることを確認するため。注意して見るべきなのはヴィンテージだ。ワインリストはこの点について適当な場合が多いが、ヴィンテージによって味わいが大きく違うことがあるためだ。

次にホストにテイスティング用のワインが注がれる。この目的は香りを嗅いで欠陥がないことを確認するため、そして口に含んで温度が適正なことを確認することもある。コルクを嗅ぐことに意味はない。状態の完璧なワインがものすごく臭いコルクで栓をされていることもあるし、ひどいブショネのワインでもコルクは何ともない場合もある。

よくあることだが、赤ワインの温度が高すぎることがある。その場合はワインクーラーや冷蔵庫に入れてフレッシュさを感じられるよう冷やしてほしいと依頼することも問題ない。テイスティングした白ワインが冷えすぎていて味がわからないほどなら、ワインクーラーから出してもらっても良い。

不必要な、あるいは過剰な注ぎ足しを避けたいのであれば、ボトルをテーブルに置いたままにして欲しいと頼んでも良い。

特別なワインの持ち込みが悪いことだと思う必要はない。事前に持ち込み料を尋ねること。1本20から25ポンドが相場だ。また、レストランのリストからも1本注文し、サービススタッフがワインに強い興味を持っているようなら持ち込んだワインを彼らが飲めるよう残してあげること。また、レストランから使わせてもらうグラスやデカンタの数に配慮すること。経験豊富なレストラン経営者の言葉を借りれば「ワインを持ち込んだら『抜栓したらグラスに2杯だけ注いで、ボトルは置いておいてください。あとは勝手にやりますから』というのがベストだ」。

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