ARTICLEワイン記事和訳 本記事は著者であるジャンシス・ロビンソンMWから承諾を得て、
Jancisrobinson.com 掲載の無料記事を翻訳したものです。

ダウニング街のワインセラー事情などについて。この記事の別バージョンはフィナンシャル・タイムズに掲載されている。

世間の注目がロックダウン中にダウニング街で開催されていたパーティに集まっていた2週間ほど前、BBCのRadio4のニュース・クイズ(訳注参照)では「自分が業務中かどうか」見極めるための風刺に富んだチェック法を紹介していた。司会のアンディ・ザルツマンはこう促した。「いつも一緒に働いている面々がそれぞれワイン1本を携えて集まって、酔っぱらってないかどうか、確認しましょう。彼らがその状態であれば『自分はプロのワイン・テイスターだったっけ』と自問してください」。

(訳注:メジャーなニュースにちなみ、風刺に富んだクイズを行うコーナー)

「その通り!」私はラジオに向かって叫んでいた。もちろん、政府が国民の信用を失うこととなったワインの問題は笑い事ではないのだが。

イギリスの政治ショーで最近ワインが果たした役割を無視することはできない。(ダウニング街11番地の窓から撮影したと思われる)写真は2020年5月15日、ダウニング街の中庭で開催された集まりのもので、ボリス・ジョンソンが釈明したような「業務イベント」とは程遠い、パーティ以外の何物でもないだろう。そして新たなリークがあるたびに、ワインにまつわる様々な非難が高まっている。

ミラー誌はダウニング街10番地の裏口に特別に設置されたワイン用冷蔵庫の写真を公開した。これは首相が奨励したとされる「金曜のワイン・タイム」に集まったスタッフのワインを夏に冷やしておくためのものだという。

ごく最近まで、イギリスでワインは上流階級の飲み物、贅沢の象徴とみなされていた。ジョンソンがそれをこれ見よがしに擁護したことは有権者の心情や、犠牲を強いられている現状を考慮しない軽率な行動であると思われても致し方ない。さらに2021年4月16日、フィリップ殿下の葬儀の前日には1件のみならず2件の送別会のためスタッフがストランドにあるコープ(地元のテスコが午後11時閉店なのに対し24時間営業だ)に買い出しに走り、スーツケースをワインでいっぱいにしていたという。これらの事実はダウニング街がパンデミックの最中に宴会場のような運用をされていたという紛れもない証拠だろう。

対照的に、対抗勢力である労働党が犯した唯一の失敗は党首であるキア・スターマーがイングランド北部の選挙事務所でテイクアウトとビールを楽しんでいたことが2021年に目撃されたことだけだ。ただ、ワインではなく労働者向けの「発酵した液体」だったことがポイントだ。新型コロナウィルスにまつわる規制に違反するという意味で、この2年間にダウニング街10番地とその周辺で何度も開催されたワインに満たされたお祭り騒ぎと比較すれば、スターマーのビールなど取るに足らないものであるという意見は、ジョンソンの最も熱烈な支持者ですら反論に苦慮するだろう。

この件に劣らず心配なのが数十年にわたり国会議事堂内で起こっていることだ。議事堂内には多くのバーがあり、営業時間に制限がない。ウェストミンスターは効率的な仕事場ではなく、居心地の良いクラブのような状況なのだ。ダウニング街の角を曲がったところに事務所を構える私の友人は、政治的なロビー活動で多くの実績を上げている。彼女は昼間に酒を飲むことが嫌いなのだが、顧客とランチを取る際に相手の飲酒欲求を満たす黄金律を編み出した。シャンパーニュのハーフボトルをそれぞれに注文し、自身はゆっくりとそれを飲むことだ。

(訳注:ジャンシスに確認したところ、二人で1本で相手にそのほとんどを飲ませるよりも二人で2本頼んで、自分の分も相手に提供することで懐の広さをアピールできる意図があるとのこと)

ボリス・ジョンソンの公認候補の一人であるリズ・トラスの選挙運動でも、ワインは重要な役割を果たしているようだ。この外務大臣は議会の同僚たちを「フィズ(泡)・ウィズ・リズ」と名付けたイベントに招待し、彼らのご機嫌を取っているとされている。また、華やかな会員制クラブである5ハートフォード・ストリートでアメリカ代表と、ケントにある自身の地方官邸ではEU代表と、彼女いわく「貿易交渉」を行ったことが広く知られた際にもワインが一役買っている。

(対照的に、大蔵大臣であるリシ・スナックはジョンソンが退任した場合、その後任と目されるもう一人の人物だ。彼は自身を絶対禁酒主義者であるとしており、長きにわたる伝統に反しビールやウィスキーを飲みながら予算書を提出することを拒んだ。現在の世論の趨勢を鑑みれば、しらふであることはおそらく高く評価される点だろう。)

数百万の一般市民が仕事上がりに友人と杯を交わす喜びを奪われていた何か月もの間、ダウニング街10番地の面々はパーティを続けていたのだ。しかも、夜中にスーパーマーケットに走るということから見ても、その目的はとにかく酔っぱらうことだったのだろう。何を飲むのか深慮することすら、していそうにない。

この事実が他国からどう見えるのかを考えると私自身、恥以外を感じることはない。ダウニング街のふるまいは、ただのどんちゃん騒ぎではないか。数十年にわたりボルドーに住むイギリス人MW、ジェームズ・ロウサーが軽蔑を込めてメールに書いてよこしたように「フランスでワインを飲む時は今でも(ポテトチップスの袋ではなく)まともな料理を伴ってテーブルを囲む」ものだ。

ブリュッセル出身のワイン愛好家、トーマス・デ・ウェン(Thomas De Waen)はプライベート・エクイティに携わっている人物だが、彼も同様に失望を隠さない。「ダウニング街(訳注:に住む権利)をラ・ターシュ(世界で最も希少なワインの一つ)のせいで失うのならまだ理解できる。でも1ダースのニュージーランドのソーヴィニヨン・ブランで失うなんて不注意も甚だしい」。

彼は就業中の飲酒に関して、イギリスの政界と実業界の違いを指摘している。彼やその仲間からすると「業務に関わるイベントで酔っぱらうことは、どんな状況であれ、ひんしゅくを買う行動であり、出世を妨げる悪行だ」そうだ。さらに彼はこう付け加えた。「ボージョー(訳注:ボリス・ジョンソンを指す)みたいに不真面目であることを売りに出世した人間がフランスやドイツで出世できるとは思わない」。

個人的にはワインがイギリスでも完全に民主的な飲み物になった和訳)ことは歓迎だ。ただ、それが民主主義全体の弱体化につながるとは思ってもみなかった。

パーティにオススメの優れたワインたち
深夜に走って買いに行くことのないよう、事前の慎重な準備をお勧めする。食べものがない状態で特に楽しめるスタイルのワインもある。特に有用な例は以下に示してある。

ピノ・ブラン(ピノ・ビアンコ)
この品種は新樽を使わずに作るとゴルディロックス(訳注:3匹の熊が出てくる童話)お気に入りのおかゆのようなワインが出来上がる。重すぎず、軽すぎず、果実味に溢れていながら誰からも好かれる強すぎない味わいだ。最もお買い得感のあるものはトゥルクハイムやウナヴィールなど、野心的なアルザスの協同組合のもの。

Cave de Turckheim Pinot Blanc 2020 Alsace 13%
£8.25 The Wine Society, £10 Wine Poole of Warwick, £10.45 D’Arcy of Cheltenham, £10.50 Woodwinters


Cave de Hunawihr, Klevner Réserve Pinot Blanc 2019 Alsace 13%
£14.50 Moreton Wine Merchants, £14.90 Shekleton Wines of Stamford, £15 Harvey Nichols

Domaine Weinbach Réserve Pinot Blanc 2020 Alsace 13.8%
£19.08 Justerini & Brooks

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プティ・シャブリ
偉大なシャブリはパーティで飲むには堅苦しすぎるが、早飲み用に作られたプティ・シャブリのようなワインで、ブドウがよく熟した最近のヴィンテージのものはお勧めだ。食欲をそそるとともに満足感も得られ、アルコールも高すぎないため飲みやすい。

Domaine d’Elise 2019 Petit Chablis 12%
£16.95 Davy’s Wine Merchants

Domaine Daniel Dampt 2020 Petit Chablis 12%
£17.50 Haynes Hanson & Clark

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ボージョレ
タンニンが低く、フレッシュで比較的軽やかだ。

Domaine de la Grosse Pierre 2019 Chiroubles 13%
£14 Howard Ripley

Domaine de la Grosse Pierre, Claudius 2019 Chiroubles 13%
£16.75 Haynes Hanson & Clark

Du Grappin 2019 St-Amour 13%
£26.99 Banstead Vintners, £28 Highbury Vintners

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(原文)