ARTICLEワイン記事和訳 本記事は著者であるジャンシス・ロビンソンMWから承諾を得て、
Jancisrobinson.com 掲載の無料記事を翻訳したものです。

ホテルの屋上から見たサントリーニの日没

全てのワイン用ブドウが平等に創られているわけではない。選ばれし品種に関するこの記事の別バージョンはフィナンシャル・タイムズにも掲載されている。
追加の情報についてはAwesome Assyrtikos を、アシルティコを中心とした91本のテイスティング・ノートはこちらを参照のこと。

アシルティコはその堅固さとスモーキーさが強く印象に残る辛口の白ワインを生み出す品種で、ギリシャの火山島、サントリーニから生み出される。この品種こそ一度テイスティングしたら忘れることのできない無名品種の代表例だろう。塩気とミネラルが組み合わさったところに柑橘系の風味とテンションが加わるこの品種は、瓶内でさらに複雑さが高まるという、まるで魔法のような性質を持つ。このブドウの故郷の生育期は悪名高いほど暑く、あり得ないほど乾燥し、人を寄せ付けないほど風が強い。

エーゲ海の船の上から見たイア

忘れえぬ日没、暗黒色の溶岩が晒された崖に張り付くように点在する白壁の街。サントリーニは何よりも休暇を楽しむ島である。島にある国際空港の年間利用者数が50万人という事実は、最後の噴火から70年が過ぎようとする今、揺るぎようがないだろう。とてつもなく強い風を避けるため砂漠のような地表から数インチの高さに、伝統的なカゴ状に仕立てられた古代のブドウが地面を這うように成長を続ける5月から10月の間、この島の狭い道はホテルの送迎者やレンタルの4輪バイクでごった返す。ブドウは土地開発の圧力と闘いながら、その地にとどまるしかない。

伝統的なカゴ仕立てで栽培されている樹齢の高いアシルティコ

オーストラリアのクレア・ヴァレーにあるジム・バリー・ワインズのワインメーカー、ピーター・バリーは2006年にこの島で初めてアシルティコを口にし、サントリーニでこれほどまでに力強く、切れが良く、体に沁み入るようなワインが作れるなら、南オーストラリアでもうまく行くはずだと確信した。翌年ロンドン・ワイン・フェアに参加した彼はできる限り多くのアシルティコをテイスティングした。その感銘のあまりの大きさに、彼はオーストラリアにはこれまで存在しなかったこの品種を、何年にもわたる検疫を経る複雑な行程を経てでもオーストラリアに植えるという決心をした。ジム・バリー・アシルティコのファースト・ヴィンテージは2015であり、そのワインはまたたくまに世界中に知られることとなった。

それとほぼ時を同じくして、ケープのブドウが重要な要素である酸を失いつつあることを懸念していた南アフリカで著名なブドウ栽培者、ローザ・クルーガーは、暑く乾燥した気候でも栽培できる地中海沿岸のブドウ品種を探すべく、ヨーロッパ中を旅していた。彼女はアシルティコ、スペインのメンシアやヴィウラなど様々な品種で作られたワインを持ち帰り、ケープの公的なブドウ栽培機関、ヴィティテック(Vititec)のメンバーとテイスティングを行った。彼らはアシルティコに大きな感銘を受け、当時すでにステレンボッシュにあるNietvoorbij(訳注:栽培醸造研究機関)が所有していた参照用サンプルよりも高品質な穂木を輸入し、南アフリカの長い検疫システムを通過させることを決めた。

その結果、南アフリカ初の商業的なアシルティコがつい先日、ジョーダン・ワイナリーと、クリス&アンドレア・マリヌーから発売されることとなった。クリス・マリヌーによると、「私たちはアシルティコの他にマカベオ、ヴェルデホ、ヴェルメンティーノなども植えましたが、現時点で単一品種として最もエキサイトさせられたのはアシルティコでした。他の品種はブレンディングの要素としてはとても面白かった(例えばヴェルデホは酸が素晴らしい)のですが、美しく、複雑で、単独で完成されていたのはアシルティコだけでした。普通にブドウを成熟させただけでテクスチャ、フレッシュさ、すばらしいアロマを持ち合わせているんです」。

スワートランドでマリヌーの近隣に住むイーベン・サディは、言うまでもなくマリヌーよるもはるかに知名度の高い、ニューウェーブの生産者だ。彼も多くの地中海地域から輸入した品種を植え、著名なブレンドに用いている。その彼がセント・ヘレナ湾の西岸とパールデベルグに植えたアシルティコについて「計り知れない可能性を見せ始めている」と述べている。

アルト・アディジェにあるアロイス・ラゲデールやキプロスにあるダフェルムー(Dafermou)・ワイナリーでもアシルティコを生産している。一方アメリカはというと、カリフォルニア大学のブドウ品種コレクションにアシルティコが加えられたのは1948年まで遡るのだが、人気を獲得するまでに数十年を要している。2021年は、サンフランシスコの南にあるサン・ベニート・カウンティで再生可能性を強く意識した栽培を行っているペイシーニス(Paicines)・ランチ・ヴィンヤードと、ローダイの北部にあるギリシャ系品種栽培者パーレゴスでファースト・ヴィンテージを迎えた。ローダイのだいぶ北にあるトラピスト・ニュー・クレアヴォー・アビー(Trappist New Clairvaux Abbey)と、北西部太平洋岸の中でも風の強い、コロンビア・ゴージにあるヒユ(Hiyu)・ワイン・ファームでも、ある程度の量を栽培している。そして、マイケル・カラムがWhat Lebanese wine needsで指摘しているように、現在レバノンでもアシルティコの栽培に成功している。

そうは言っても、原産地を離れた場所で栽培されている、おそらく世界で最も驚くべき例はシャンパーニュだろう。生産者であるシャルル・フィリポナによれば、当局によって試験されている品種のうち、アシルティコは外来品種として最も成功を収めている品種だという。実際私自身も9月にサントリーニ島で数日を過ごし、アシルティコが非常に立派なスパークリング・ワインを造るという確かな証を味わっている。

フィラの裏路地に見られる典型的なサントリーニのブドウ畑

アシルティコは、アルコール度数が高いワインになったとしても高い酸を維持する能力に優れた品種だ。だから20世紀末に洗練された、あるいは野心的なワインメーカーたちがギリシャで台頭し、本土や多くの島々でアシルティコを試してみたいと考えたことも不思議ではない。ビブリア・コラ(Biblia Chora)のソーヴィニヨン・ブラン&アシルティコのような国際品種とのブレンドは、サントリーニ由来の見知らぬ品種に親しんでもらう手段の1つだろう。

一方、ギリシャ本土のアシルティコはサントリーニのそれに比べて果実味が高く、繊細さにかける面もあるように感じられる。サントリーニでは多くのブドウの樹齢が高いこと、若い穂木を接いだとしてもその台木の樹齢が高いことがその違いの主な理由だろう。マスター・オブ・ワインのヤニス・カラカシスはその垂涎の著書、ザ・ワインズ・オブ・サントリーニで、この島では34世紀にも及ぶ栽培の歴史があると主張している。なおギリシャで栽培されている2000ヘクタールのアシルティコのうち約60%は、しばしばティラと呼ばれるサントリーニと、それよりはるかに小さい火山島でサントリーニの北西にあるテラジアで栽培されている。

その樹齢の高さと鞭打つような強風、不毛な軽石と溶岩がシストと石灰岩の上に重なる土壌のおかげで、その収量は非常に低い。場合によっては5 hl/ha (0.3 トン/エーカー)にしかならない場合すらある。その年の収量が20 hl/haに届けば御の字だという。当然、価格も高い。

私がサントリーニ島に滞在したのは、改装して雰囲気のいいホテルにされている島の多くの修道院の1つ、セレーネのレストランで行われたヴェデマのワイン・フェスティバルに参加するためだった。9月終盤の週末を過ごすには全く苦にならない選択だろう。土曜日の午後、ギリシャじゅうから集まったワイン愛好家たちは、修道院のカナヴァ(地元の言葉でワイナリーやワイン・セラーを指す:下の写真参照)だったアーチ型の白いトンネル内で68種ものサントリーニ・ワインのウォークアラウンド式テイスティングを楽しんだ。多くのワインはこの上なくピュアで辛口の、樽を使わないアシルティコだったが、ニクテリと呼ばれる樽を使ったもの(すべてが成功しているとは言い難かった)や、天日干しして作られた伝統的な色の濃く甘口ワイン、ヴィンサントもあった。

ヴェデマのワイン・フェスティバルのテイスティング会場となったセレーネのカナヴァ

ワインの中には島ではよく知られたもう一つの果皮がピンク色をした品種、アシリやアイダニを少量ブレンドしたものもあったし、島特有の品種、マヴロトラガーノを使った赤ワインもかなり多かった。これらも悪くはなかったのだが、アシルティコのような純然たる品格は感じられなかった。

その前日にはこの上なく啓発的なマスタークラスが開催された。午前中はドイツのマスター・オブ・ワイン、カロ・マウレが2019年にアテネで実施された比較テイスティングの再現として、リースリングとアシルティコの交互テイスティングを開催した。リースリングもアシルティコ同様その酸の高さと熟成能力の高さで知られる品種だ。私自身、長きにわたりリースリングは世界で最も偉大な白ワイン用品種であると考えている(リースリングの売り上げにはほとんど貢献できていないが)。このリースリングとアシルティコの比較テイスティングの最後には、マウレとカラカシスがアシルティコとリースリングを1種ずつ、ブラインドで提供した。彼らが選んだのはあえて非常に似たスタイルのもので、どちらがどちらか特定するのはほぼ不可能だった。

午後にはカラカシスが2016から2012までさかのぼる、少し熟成が進んでいるものの非常に生き生きとした10種のアシルティコと、いくつかのヴィンサントを提供してくれた。ヴィンサントの中には1947年に作られたものもあったが、まだ非常に美味しかった。彼は19世紀半ばのアシルティコをテイスティングしたことがあり、まだまだ生き生きと、溌溂としていたのだと主張したが、それを疑う余地はないと思う。

心躍る辛口白ワイン、アシルティコ

サントリーニ
世界中へ配送可能なオンラインサイトも参照のこと。

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Argyros, Cuvée Monsignori 2019 14.5%
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Gavalas, Enalia 2019 14.6%

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Argyros, Cuvée Evdemon 2017 14.5%

Argyros, Cuvée Monsignori 2017 14%

Sigalas 2017 14.5%

Venetsanos, Nykteri 2016 14%

Sigalas, Kavalieros 2015 14%

Tselepos Canava Chryssou 2015 14%

Volcanic Slopes Vineyards, Pure 2015 13.5%

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その他産地
T-Oinos, Clos Stegasta Rare (all vintages) Cyclades 14%

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