マクラーレン・ヴェールにあるチャペル・ヒルのパム・ダンスフォードを国内唯一の女性ワインメーカーとして紹介されたのは、私が初めてオーストラリアを訪れた1981年のことだった。以来、ワイン業界で女性は長い道のりを歩んできたと言えるだろう。現在では大手シャンパーニュ・メゾンの多くに女性のシェフ・ド・カーヴがいるし、新しいマスター・オブ・ワインの半数近くは女性だ。かつて試飲会で「上司の代わりに試飲しにきたのか」と聞かれた日々ははるか遠い思い出だ。ところが最近実施された英国のワイン業界における女性の就労経験に関する調査を見ると、すべてがバラ色というわけではないようだ。
「なによりショッキングなのは、私たちがショックを受けていないことです」。10月、調査の結果が発表された会場でWSET代表を退任したばかりのイアン・ハリスはこう述べた。彼は(オンラインではなく)来場した参加者のうち、わずか3名しかいなかった男性の1人だ。各ワイン関連企業が女性従業員を代表として選抜、彼女たちを集めて開催された会だったのだが、結果としてワイン業界の男性がいかに女性の同僚を邪険に扱っているかという実態を晒す場となってしまったのは皮肉なものだ。
この調査結果が発表されたのは奇しくも世界更年期デーであり、英国議会の委員会がロンドン・シティの金融界における性差別に関し聴講会を開催した翌日のことだった。調査は英国のワイン業界で働いている、あるいは働いたことのある女性726人の回答を集計したものだ。
最も絶望的なデータは、回答者の78%が性差別、ジェンダー・バイアスまたはハラスメントを深刻な問題だと感じていること、そして回答者の44%がその結果として業界を去ることを検討したと答えていることだ。また、回答者の3分の1以上がハラスメントを受けた経験があると答えている(「厚意から」お尻を触られたという事例は枚挙にいとまがない)。さらにその割合は、18歳から34歳の若い回答者では半数に上った。
接客業に従事する人は特に被害に遭いやすい傾向にある。先輩ソムリエが後輩の女性同僚にセラーで迫ったというような話はよく耳にするし、女性の接客スタッフが「うっかり」体に触れてしまった手や、客からのあからさまな口説き文句にさらされる機会も多い。彼女たちが断固としてはねつけることが難しい立場にあることも一因だろう。理想的な雇用主なら、このような状況を想定し行動規範を設定しておくべきだ。ワインの小売業において、女性販売スタッフを男性客のところへ単独で営業に派遣する場合に起こりうる、潜在的な問題を認識しておくべきなのも同様だ。
ある回答者は、「女性の顧客担当者は年上の男性顧客を1対1の状況で接待ディナーに誘うよう求められることがあります。見知らぬ年配の男性と夜遅く出歩くことに違和感を覚える人は多いですし、特にアルコールが絡む場合、「ディナー」という言葉に対する認識や理解が2人の間で異なる可能性がありますから」と指摘する。
ワインにアルコールが含まれていることが、セクシャル・ハラスメントという一般的な問題をさらに悪化させている可能性は否定できない。あるワイン販売会社の女性営業は、「試飲会など業務上のイベントで、私の容姿について不適切な性的発言をされたことは1度や2度ではありません。それらは『褒め言葉』という隠れ蓑をまとい、アルコールが言い訳に使われることも多いですが、同僚や顧客からそのような『褒め言葉』をかけられることは決して心地よいものではありません」。
この調査を始めたのは、高級ワインのコレクターであるクィーナ・ウォン氏だ。彼女はロンドンで、ワイン業界で活躍する女性を支援し、その地位向上を図ることを目的とした組織、キュリアス・ヴァインズ(Curious Vines)を立ち上げた。彼女自身はワイン業界の人間ではないが、組織の会員たちから聞いた苦情を実証するデータが必要だと考えた。飲料専門調査会社プルーフ(Proof)のアリス・グッディがオンライン調査を企画・実施し、いいかげんな回答やロボットによると思われる回答を排除して実現した。私は、これほど時間のかかる作業に多くの女性が対応したことに驚いたのだが、そもそも私自身の認識が間違っているのかもしれない。業界のプロで構成されるウィメン・イン・ワイン・ロンドン(Women in Wine London)という組織には979名の会員が所属している。そのリーダーの1人、アンジャリ・ダグラスは、この調査を「業界にとって長く必要とされてきた不可欠な情報ですよ。私たちがすでに知っていたことを数字で裏付けることは、この上なく貴重なことですから」と語った。
回答者の92%がワイン文化はいまだに男性優位だと感じている点は、さほど驚くことではないだろう。その原因は、シティにおける性差別の調査でも見られたように、営業活動の多くが男性視点で構成されているということだ。ある回答者は「ゴルフ、フットボール、ラグビー、射撃などのイベントに参加できないため疎外感を受けるとともに、男性同僚に比べて尊敬と、与えられるチャンスが少ない不平等に苦しんでいる」と記載している。また、英国のワイン業界をある意味「紳士クラブ」であると表現する人もいた。
別の女性は、偏見の根がさらに深いと考えている。「私は女性であると同時に有色人種です。私の方が経験豊富で、同じポジションで勤務している間に実務をこなしていたのは私だったにもかかわらず、私より先に2人の白人男性が昇進しました」。
ある女性にとっては限界を超えることだった。「セクハラ、性的暴行、性差別、性差別によるいじめが繰り返され、私は一時的に業界から身を引きました。とても失望していますし、正直なところ精神的なトラウマがあります。業界からのサポートの欠如、さらには業界のリーダーたちが口先だけで、実際に行動を起こしていない点に憤りを感じています」。
別の回答者は、「私は業界の男性上司や顧客から多くのいじめを受けました。精神的な影響が大きすぎたので、今は個人事業主として独立しています。残念ながら、あれから何年も経つのに今でも同じような話を何度も耳にします。もういい加減、このような状況を止めるべきでしょう。性差別や、望んでもいない男性から口説かれることもたくさんありました」と書いている。
これらの回答に共通する不満は、そのような悪行を報告する相手がいないことだ。目上の同僚が男性である比率が高く、彼らの理解が得にくいこともあるのだろう。回答者の4分の3以上が、英国のワイン業界では指導的役割に女性が十分に就いていないと感じている。調査結果の発表に(会場参加ではなく)バーチャルで参加した2人の男性のうち1人は、実際に報告制度が導入されている大企業に勤めている。その人物、ペルノ・リカールのネイサン・ラストは調査結果を知り、その悲惨な現状にショックを受けたと語った。「ペルノ・リカールの従業員として、私には理解できない話です。主に蒸留酒を扱う弊社ですが、これらの問題に関する弊社の対応はトップレベルだと考えます」。彼はペルノ・リカールという世界的な大企業は、イギリスのワイン企業と比較してはるかに多くの人的リソースを抱えている点も含めてそう指摘した。一方で彼はワイン・トレード・スポーツ・クラブの会長でもあり、「ワイン」という特殊な環境下では状況が大きく「悪い方に」異なる点も認めた。
ジェンダー・バイアス、性差別、ハラスメントと並んで、調査から浮かび上がったもうひとつの大きな不満は(他業界でもよくあることだが)、回答者の54%が給与や待遇面で差別されていると感じていることで、特に不満が大きいのは産休である。「復職したら、約束されていたはずの昇進は家庭を持たず産休も取ったことのない女性に与えられていました。私が休暇を取ることを選んだのだから、自分の責任だということでした。上司は敵対的で、協力的とは感じられませんでしたね」と自身の経験を語る母親もいた。別の営業職の女性は、「私が休んでいる間、仕事のカバーをしてもらえなかったために私の顧客は不満を抱え、多くの人が離れていきました」と語る。さらに、サポートの欠如によって「ストレスがたまり、6週も早く出産した」と述べる人物もいた。
調査報告会に(バーチャルではなく)出席したもう1人の男性は、飲料業界の人々を支援する団体、ドリンク・トラストのロス・カーターだ。彼はトラストに経済的支援を申請した人の73%が女性であるというデータを引用し、女性がより不安定な状況にあることを指摘した。後日、彼は私にメールで、「今後数ヶ月の間に、業界の企業や組織とともに、私たちの大切な労働力である女性のサポートを手厚くするために必要な具体的解決策を検討します」と宣言した。
最も効果的に変革を開始するきっかけをもたらしてくれるのは、会場にいた1人の男性かもしれない。その男性とはワイン・スピリッツ・トレード協会(WSTA)の思慮深い最高責任者、マイルズ・ビールである。彼の反応はハリスと同様で、私にメールで「調査のデータは想定されたものではありましたが、問題点が非常に明確になりました」と書いてよこした。そして彼にはWSETやドリンク・トラストと協力し、次の一歩を踏み出す計画がある。調査結果の発表後、最初に開催されたWSTAの会合では、メンバーから「女性やワインだけでなく、より幅広い対象(つまり、性別だけでなく、より広い接客業、人種、障がい者など)を視野に入れるべきではないか」という有益な質問が出たことをメールで知らせてくれた。
ハッシュタグMeTooの時代には、アメリカでの女性ソムリエの扱われ方について酷い話がいくつかあったが、イギリスではほとんど報告されていなかった。この調査によって私の同胞であるイギリスの女性ワイン・プロフェッショナルの現状が数値化された今、態度と行動の両面で真の改善がなされることを願っている。
(原文)