ARTICLEワイン記事和訳

1985年以降ワインはどう変化したか 23 May 2015

104.jpgこれは毎週土曜に発行されるフィナンシャル・タイムズの有名なコーナー、FTウィークエンドの30周年を祝うために執筆した記事のロング・バージョンである。写真はフィレンツェのアンティノリ宮殿で1985年か1984年に撮影したもので、当時私はチャンネル4のための「ザ・ワイン・プログラム」の第2シリーズを収録していた。メガネの大きさに注目してほしい(縁は明るい赤で、肩パッドと共に典型的な80年代のファッションだ)。

30年前にFTウィークエンドが立ち上がった時、ニックと私はオーストラリア、当時はまだそのワインの輸出はそれほど世界に向けて積極的ではなかった国から帰ってきたところだった。1985年時点でオーストラリアの輸出比はたった2%であり、現在の60%とは大きく異なる。

オーストラリアの生産者は当時盛んにシャルドネを植えながら、自分たちの基本である赤ワイン用ブドウが流行ではないことを残念に思っていた。その頃までに実質的に世界中のワイナリーが冷却装置を備えていたため、白ワインは少なくともフルーティでフレッシュであることが保証されるようになり、飲み手はフレッシュさ以上の何かを求めるようになっていた。1980年代にはシャルドネの人気が非常に高まり需要が追い付かなくなったため、世界各地で供給の配分を決めなくてはならないほどだった。オーストラリアではシャルドネの不足を補う「セム・シャード」が人気のブレンドだったが、これはオーストラリアの厳しい検疫を通過して(当時)シャルドネより広く植えられていたのがセミヨン(オーストラリア訛りなく発音される)だったからである。

1990年代初頭になって、CBSの60ミニッツでフレンチワイン・パラドックスが取り上げられ、赤ワインが健康にいいことが示唆されると、売り場の棚からあっというまにガロのハーティ・バーガンディ(訳注:赤のブレンド)がなくなった。それ以降注目は赤ワイン生産に集まるようになり、その帝王として当時上質なアイコンワインと見なされていたボルドーの格付けワインとの関連が強かったカベルネ・ソーヴィニヨンが君臨することになる。赤ワイン用ブドウの中で何十年も地元の環境で生き延びてきた品種、トスカーナのサンジョヴェーゼやカリフォルニアのジンファンデル、オーストラリアのシラーズやアルゼンチンのマルベックは、フランスの魅力にとらわれた世間の波によってその多くが引き抜かれてしまった。1990年代半ばまでに世界のブドウ畑はシャルドネとカベルネ、そしてそのボルドーブレンドで味わいを和らげるために使われるメルロー以外をほとんど栽培していないかのようだった。このメルローは当時長期熟成を待ちきれない時代のための早飲みワインを生み出すのにも一役買っていた。

シャルドネが生き残ったのは、全ての白ワイン用ブドウの中で当時ワインメーカーの必需品だった小さなフレンチオークの新樽と非常に相性がよかったためである(当時ワイン業界でスマートと言えばなんでもフレンチだった)。1980年代および1990年代初頭のワイン生産者が真剣に取り組んでいる証とされたのは白のブルゴーニュをシャルドネで、赤のボルドーをカベルネで真似することであり、彼らが毎年購入する小さな新樽の数だった。そのような生産者の数が増えれば増えるほど、ワインの樽の香りはどんどん強くなっていった。

ニューワールドとオールドワールドの対決は、1976年かの有名なパリ対決でカリフォルニア対フランスのテイスティングを制した前者の最初の成功者、カリフォルニアのおかげで当時最大の関心事の一つだった。このことから当時目新しかった、ブラインドテイスティングでワインを比較する流行に火が付いた。私は1987年、著名なワイン生産者であるアレクシス・リシーヌ(Alexis Lichine)とパトリック・ドゥ・ラドゥセット(Patrick de Ladoucette)をフランスから、エツィオ・リヴェッラ(Ezio Rivella)をイタリアから、ワイン・ライターのジョー・グリン(Jo Gryn)とユブレヒト・デューザー(Hubrecht Duijker)をそれぞれベルギーとオランダから、マイケル・ブロードベント(Michael Broadbent)をクリスティーズからロンドンに招き、コンデナスト・トラベラー(Conde Nast Traveler)誌に当時のカリフォルニアとオーストラリアのトップワインを決める記事を書いた(その価値の十分にあるオーストラリアのペンフォールズの「勝ち」だった)。

ニューワールドの生産者は当時、非常に魅力的ととらえられていた3つの要素を持ち合わせていた。彼の地の十分な日照のおかげでワインはヨーロッパの閉じ気味なものに比べ熟して、より親しみやすく、早飲みに向いていた点。ニューワールドの品種によるワインの名前の付け方は複雑で細かく定義づけされた地理的なアペラシオンに比べて消費者にとってわかりやすかった点。そしてニューワールドの生産者は科学的な教育を受け、その知識と技術いう名の武器をクリーンでフルーティな(もちろん樽が効きすぎている場合もあったが)ワイン作りに使う術を知っていた点である。いわゆるフライング・ワインメーカー、典型的には南半球出身の勤勉な人々だったが、彼らはヨーロッパのあまり人気のない地域をくまなく訪れてクリーンさと技術のもたらす効果を説いて回ったため、技術的な欠陥ワインは1990年代前半から半ばまでに世界のほとんどの地域で過去の遺物となった。

ワインビジネスのトップも変革し始めていた。1986年、サンデー・タイムズ・マガジンに私は初めて新進気鋭のワイン・ライターで元弁護士のロバート・パーカーという人物のイギリスでの認知度を記事にした。彼は毎日を100本以上の高級ワインのテイスティングに捧げ、これらに100点満点のスコアを付けるコンセプトを生み出した。彼の一番のお気に入りであるボルドーは当時、刺激的なエノロジストであるエミール・ペイノー教授のおかげで骨ばって酸が高く、未成熟な赤のボルドーが過去の遺物となり始めた、新しい時代の入り口に立っていた。

パーカーのスコアは(私のと違い)非常に一貫性があり、スコア自体もわかりやすく、マーケティング・ツールとして使いやすかったため、急速に世界の消費者が増加していた高級ワイン市場に広まっていった。これは急成長していたアジア市場も例外ではない。パーカーは非常に熟したワインが好きだという噂を彼自身は繰り返し否定していたにも関わらず、高い価格がつき販売が容易になるパーカーポイントの高得点を得る公式は、非常に熟したブドウと高いアルコール、そして強い新樽の香りだというイメージが世界中の生産者に広まってしまった(これは赤ワインについてである。白ワインはこの時代には高級ワインの世界でマイナーな存在だった)。もちろん、パーカー自身がよく知っているように、高級ワインというのはそんな事よりもっと繊細なものである。そしてパーカー好みと思われるスタイルを求めた多くのワインが無残な失敗に終わっている。一方、特にカリフォルニア、南アメリカ、オーストラリア、そして一部のボルドー、イタリア、ローヌではその地理的な由来をほぼ消し去ってしまうほど醸造技術に依存した、過剰な演出の非常に力強いワインを多く生み出すことになった。

だが、全ての動きには反動がある。パーカーはその勤勉な仕事ぶりによって非常に大きな影響力を持ってしまったため、その反動は避けられないものだった。彼のニュースレターであるザ・ワイン・アドヴォケイトとウェブサイトであるerobertparker.com の売り上げと並行して、ワイン界での新たな枠組みが生まれてきた。これは「パーカー化」したとみなされたワインに対する反動というだけではなく、工業化されておらず、その土地の個性を表現し、そこに帰属することができる、フレッシュなワインを再び求める時代精神の現れでもあった。ワイン用語で言い換えると、ワイナリーよりも畑に重きを置き、新樽を減らし、国際品種よりも土地固有のブドウを尊重した軽やかでフレッシュな味わいのワインへの回帰である。時には危険なまでに化学物質の使用を減らす、いわゆるナチュラワインはこの流れの究極と言える。ビオデナミや有機栽培で育てられたブドウを使いワイナリーで必要最低限の手を加えて作るワインが次第に一般的になってきた。

ワイン生産者が強く実感している気候変動も影響をもたらしている。過熟を求めて樹上に残されたブドウに起こる変化を促進し、リスクのない発酵を行うために選択された酵母の使用による効率化と相まってアルコールのレベルが上昇し、多くの消費者がそれを好ましくないと感じるようになってしまったのだ。つい最近まで、アルコール度数14%というのが新たな標準的アルコール度数となってしまったように思われていたが、涼しい地域での早摘みが流行したおかげで、ラベルに誇らしげに12%~12.5%と表示されているワインが増えてきた。そしてこれはFTウィークエンドが始まる前の時代への回帰とも言える。

1985年のスーパースター
以下の1985は112000本を超すテイスティングノートのデータベース中で20点満点中19点以上が付いているものである。

Tenuta San Guido, Sassicaia, Bolgheri
Guigal, La Mouline, Côte Rôtie
Louis Roederer, Cristal, Champagne
Krug, Champagne
Charles Heidsieck, Blanc de Millénaires, Champagne
Domaine de la Romanée-Conti, Romanée-Conti, Burgundy
Ch Cheval Blanc, St-Emilion, Bordeaux
Ch L'Évangile, Pomerol, Bordeaux

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