ARTICLEワイン記事和訳本記事は著者であるジャンシス・ロビンソンMWから承諾を得て、
Jancisrobinson.com 掲載の無料記事を翻訳したものです。

女性とワイン~今がその転換期 14 Nov 2020

355.jpgこの記事のショート・バージョンはフィナンシャル・タイムズにも掲載されている。

伝統的に男性社会とみなされてきた世界における私の人生についてよく聞かれるが、一言で言えば「快適」だ。

1980年代初頭、とある(業界向けではない)ワイン・テイスティングで「おい、君は上司の代理でテイスティングしに来たのか?」と横柄に質問されたことは今でも思い出す。1970年代後半にワイン業界向けのライターとして働き始めた頃、ヒッピーのような服とヘアスタイルだった私を目にした業界の年長者たちが意味ありげな目配せを交わしていることにも気づいていた。そしてクリスティーズの故・マイケル・ブロードベントは私が「少しばかり『ウーマン・リブ』が過ぎる」とぼやいていたことを思い起こしている。

だが女性であることで、ワイン業界のランチでテーブルの片隅に追いやられているライバル出版社の男性ライターを尻目に、ホストや著名な訪問者の隣に座らせてもらい話を聞くことができたこともある。女性であることが、チャンネル4の世界初のワインに関するシリーズ番組、ザ・ワイン・プログラムのプレゼンターに選ばれた理由の一つだった。同じく1980年代、全国版の新聞ではワインに関するコラムニストの多くが女性だった。当時我々がいかに賢いかという記事が次々と書かれ、我々女性ライターは皆その恩恵を受けた。彼ら(男性たち)が私たちを見下していたかもしれないが、私は気づいていなかった。

ところがこの1,2か月の間に突然、私はただ「何も気づかなかった」から、これまで苦しまなくて済んだのかもしれないと思うようになった。もちろん、20世紀のイギリスのワイン業界では困難な仕事の多くを女性がこなしてきたにもかかわらず権力や名声を与えられることがなかった点には私も気づいている。しかし、21世紀になり、ワイン業界で重要な位置を占める会社のかじ取りを女性が任されるケースをいくつも目にするにつけ、それらは私が住んでいる世界での女性の勝利の兆候だと考えるようになっていた。

しかし、私は間違っていた。10月12日、クラリッジズ・ホテルのこの上なく洗練されたレストラン、デイヴィス&ブルックを筆頭に錚々たるレストランやワイナリーでソムリエとしての経験を持つアンバー・ガードナー(写真上)が、業界のウェブサイトである「ザ・バイヤー」に美しくも絶望的な、彼女が仕事上で受けたセクシャル・ハラスメントに関する記事を掲載し、注目を集めた。彼女は「私は今も、そして今後も決して、ワイン業界を今でも支配しているボーイズ・クラブ的なワインの世界の一部となることはできないんだ、と悟った」と結論し、ホスピタリティ業界の女性たちが昇進するために払わされた犠牲を、ただ肩をすくめるのではなく、その経験をオープンにできる新しい仕組みを作るべきだと書いた。彼女の記事に反応した、(同じような経験をした)女性の数は男性に比べ8倍も多かったという。

その1か月ほど前には、スペインのワイン・ツーリズム業界で働きながら学んでいるチリ系カナダ人、ヴィンカ・ウォルダースキー(Vinka Woldarsky)が非常に長い文章を自身のブログ、Bottled Blissに掲載し、北米アメリカ人女性のレンズを通して見た、スペインの男性ワイン文化に織り込まれた性差別について書いている。彼女はその後同様な趣旨の2本の記事を掲載したが、そのうちの1本は彼女が記事中で軽蔑した人物の代理人による停止請求によって取り下げざるを得なくなった。その人物はイギリスのワイン業界に、特に複数の若い女性をターゲットとして傷つけることとなった、悪意ある文書を流布している。

だが本当の爆弾はアメリカにあった。先月末、ニューヨークタイムズが発表したのはアメリカのマスターソムリエ(MS)協会の高い地位にある複数の男性が、いかに志のある若い女性たちを食い物にしてきたかという記事で、彼女たちの中には自分のキャリアを守るために彼らの誘いを拒絶することができなかったという事実だ。なお、このマスターソムリエ協会は男女にかかわらず、ワインサービスの従事者に対しこの上なく厳格な試験を課す団体だ。

匿名で行われるマスター・オブ・ワインの試験と違い、MSという肩書は上位のMSである試験官によって行われる、一連の対面式の試験によって与えられる。記事の中では合計21名の若い女性が自身の経験について詳細に語り、多くのマスターソムリエが辞任あるいは資格停止に追い込まれた。

(なお、このアメリカのマスターソムリエ協会はBLM問題に対する対応の遅さとその不適切さについても、MS試験官による深刻な不正によって最近認定された23名のMSがその資格をはく奪された2018年の事件と共にすでに大きな非難を浴びている。)

同様な搾取の例は多くの他の分野にも存在するが、アメリカのホスピタリティ業界のように狭い分野で多くの人が同じような職種を追い求める階層的な性質の強い業界では、このような事態が起こりやすい点は間違いないだろう。ハリウッドでのハーヴェイ・ワインスタインがそうであったのと同じように。

だが、このワインの世界では、女性の扱われ方について大きな転換期を迎えたという点は明白だ。私の世代の女性たちはただ侮辱を甘んじて受けてきたかもしれないが、現在20代や30代で、ワイン業界でキャリアを積みたいと考える女性たちはそこに安全な道が存在すると感じる必要があるし、なにより、そうでなかった場合にこのソーシャル・メディアの時代には、世論を巻き込んだ騒動を起こすことができるのだから。

ヴィンカ・ウォルダースキーが私にあてた長いメールで、彼女の投稿に対する反応について述べたように、「懸命に働き、これらの困難に耐えるしかなかった女性たちについては敬意を払いますが、そんな雑音を無視し、働いて成果を出すべきだという彼女たちの助言は現在のワイン業界にある新たな世代の女性たちには時代遅れであると言わざるを得ません」。

多くの男性と、女性の中にも、これらをくだらない過剰反応だとする人もいる。たとえそうだったとしても(そして40歳以下の人はだれもそうは思わないだろうが)、この問題に深刻に取り組むべき実践的な理由がある。それはワイン業界の脆弱な現状だ。私のライター人生の中で初めて、ワインの売り上げはこの何年もの間停滞してきたフランス、スペイン、イタリアだけではなく、アメリカやイギリスなど、少し前までそのワインに対する需要が留まるところを知らなかった市場など、主要なマーケットで減少しているのだ。

この主要な原因は若い人々がかつてないほどワインに不満を抱いていることだ。ここ数年、カクテル、クラフトビール、スピリッツ、そして禁酒までが、若い潜在的な消費者を引き付けることにワインよりも成功しているのだ。この理由を特定することはできないが、少なくとも世界のワイン業界が成功するためにはこの業界がもっと包括的になる必要があるのは明白だ。

私はすでに、今よりはるかに多くの民族にワインも、ワイン業界も訴求する必要があるとこの記事和訳)で書いたが、将来ワイン業界で働くかもしれない若い世代の半数が、ワイン業界は自分たちを歓迎せず、安全でもないと考えてしまうようであれば、今ワイン業界にいる私たちプロはさらに深刻な問題を抱えることとなるだろう。

ニューヨークタイムズの記事でダラスのワイン・ディレクター、28歳のマデレーヌ・トンプソン(Madeleine Thompson)が指摘したように、「今よりもっと多くの、あらゆる人にワインを愛してもらう必要があります。私たちは変わらなければ、ホワイト・クロー*に全て飲み込まれてしまうでしょう。」
*訳注:ホワイト・クローはハード・セルツァーと呼ばれる、日本でいう酎ハイのような飲み物の中でも人気のブランド。現在アメリカを中心に人気が高まり、ワインと競合する存在となっている。

女性のワインメーカーたち
私自身は長きにわたり、女性が作る比較的少数のワインとその他のワインの間に品質の違いはないという立場を維持してきたが、先日南アフリカワインにおける女性の役割についてワインメーカーであるサマンサ・オキーフとオンラインで話した際、彼女は女性の方がテイスティングの感受性が高いと証明されている事実を根拠に、それがワインづくりにかかわる細かな決定に影響を及ぼし、結果として男性が作ったワインと比べるとわかりやすいほどの違いを生み出すのだと主張した。それが真実かどうか、あなた自身が判断してほしい。以下のリストは私がその仕事ぶりに敬意を払う女性ワインメーカーの、ごく一握りの例だ。

Lalou Bize-Leroy, Domaine Leroy, Burgundy

Brigitte Chevalier, Domaine de Cébène, Languedoc

Cathy Corison, Napa Valley

Vanya Cullen, Cullen, Western Australia

Véronique Drouhin, Burgundy and Oregon

Elisabetta Foradori, Foradori, Trentino, Italy

Eva Fricke, Germany

Sandrine Garbay, Ch d'Yquem, Bordeaux

Hélène Génin, Ch Latour, Bordeaux

Sybille Kuntz, Germany

Anne Le Naour, Chx Meyney and Grand-Puy-Ducasse, Bordeaux

Bérénice Lurton, Ch Climens, Bordeaux

Mesdames Mugnier, Dom Georges Mugnier-Gibourg, Burgundy

Andrea Mullineux, Mullineux and Leeu Passant, South Africa

Samantha O'Keefe, Lismore, South Africa

Sara Pérez, Mas Martinet, Spain

Louisa Rose, Yalumba, South Australia

Heidi Schröck, Austria

Diana Snowden, Domaine Dujac, Burgundy and Snowden Vineyards, Napa Valley

Cherie Spriggs, Nyetimber, England

Sandra Tavares da Silva, Wine & Soul, Portugal

Cécile Tremblay, Burgundy

Pauline Vauthier, Ch Ausone, Bordeaux

Virginia Willcock, Vasse Felix, Western Australia

Tasting notes on Purple Pages of JancisRobinson.com.

原文