ARTICLEワイン記事和訳 本記事は著者であるジャンシス・ロビンソンMWから承諾を得て、
Jancisrobinson.com 掲載の無料記事を翻訳したものです。

010-1.jpgこれはフィナンシャル・タイムズに寄稿した記事のロング・バージョンである。テイスティング・ノートも参照してほしい。

私はよく、ワイン作りはしないのかと尋ねられる。ガーデニングにはおそろしく疎く何一つうまくできない私は、いかなる形であれヴィニュロンになる気持ちはないし、自然の厳しさが増す一方の昨今、冬の間は乾いたただの古い木の棒が並んでいるだけのワイン畑から美味しい液体を作り出す人々にこの上ない尊敬の念を抱いている。

しかし、私の同胞であるMWたちの中で、苦労して取得した理論を実践に移したいと願う人が明らかに増えている。MWコースは狭く深くではなく広く浅く学ぶため、ワイン作りをしたいと考えるなら醸造学、すなわちワイン作りの科学を学ぶべきだろう。一方、MWになるためには醸造学と栽培学について幅広い原理と最近の発展を知るとともに、ワイン・テイスティングの技術と科学を(ブラインド・テイスティングでの3つの論文を書ける程度まで)身につけることになる。すなわちワインはどうやって売買されるのか、どうやったら多様な文化に適合するのか、どうパッケージングするのか、そして膨大なワインの法律まで網羅するものである。だから今回フィレンツェで開催された第8回マスター・オブ・ワイン・シンポジウムで20名ものMWが自分たちの作ったワインを450名の参加者に向けて発表したのは注目に値するものだった。

どれひとつとして失望するようなひどいものはなかったし、これまでに出会ったものの中で最も胸躍る発見となったものもあった。各生産者は2種類のワインを出展することができるが、1種しか出展していない人もいたし、こっそり1,2種余計にテーブルに置いていた人もいた。その中でおそらく最も素晴らしいワインは、あまりの人ごみにもう少しで見過ごしそうになったユルゲン・フォン・デル・マルク(Jürgen von der Mark) MWのものだろう。特段の注意を払わなければ南ドイツ、バーデンのピノ・ノワールという彼のラベルは容易に見過ごされてしまうだろう。ワインにはそれぞれ彼が特段の思い入れを持つ歌にちなんで名前が付けられている。たとえばヘイ・ジュード2009は、ビートルズのものではなくエラ・フィッツジェラルドのバージョンなのだと彼は強調していた。ああ、そうですか、とは思ったが、ワインそのものはとても気に入った。色調は薄く控えめで、オーストラリア南部のバス・フィリップ(Bass Phillip)のピノ・ノワールを思い起こさせた。骨格はしっかりとしていてリコリスの香りを感じる素晴らしくフレッシュで秀逸なワインだった。直売価格で28.50ポンドというのは決して安くはないが、それを言うなら上質な赤のブルゴーニュも同じだ。 ヒア・アイ・ゴー・アゲイン(Here I Go Again) 2010 は若く早熟なブドウから作られているが、少し開き気味で複雑さはやや低かったがなかなか良いものだった。

ピノ・ノワールはワインメーカーにあこがれる人たちにとっては最も難しい目標であるが、今回傑出していると感じた2本のワインはどちらもオーストラリアのピノだった(オーストラリアは広大なので8人ものMWがいる)。ワイン・コンサルタントのニック・ブレイド(Nick Bulleid) MWのハザリー(Hatherleigh)・ピノ・ノワールは、キャンベラの100㎞北に位置する標高910mという公式名称がない未開の高地で生産されている。そのため控えめでざらつきを感じ、ハーブの香りのする2009のラベルにはSouthern Tablelands of New South Wales(ニュー・サウス・ウェルズ南部の台地)というあいまいな表記しか許されていない。今年は霜害で収穫が4分の3も減少してしまったが、そうでなければ年間780本を生産している。

トルパドル(Tolpuddle)のピノ・ノワールは残念ながらフィレンツェには来られなかったマイケル・ヒル・スミス(Michael Hill Smith)MWが出展したものだったが、上記の2つとは大きく異なっていた。2012はいまやタスマニアで有名なトルパドルの華々しいデビューの年だったが、トルパドルは長年、アデレード・ヒルズのショウアンドスミス(Shaw + Smith)が所有する畑で、偉大なエイリーン・ハーディ(Eileen Hardy)にブドウを提供していた畑である。非常に正直な味わいのするワインである。ピュアでデリケートかつエレガントなワインだ。美しい果実に過剰な手を加えたくなる衝動を見事に抑えた結果、あるいは少なくともそこにあるがままの味わいを表現した結果だろう。これはイギリス、オーストラリア、香港で入手可能である。

ブロークン・ウッド(Brokenwood)のハンター・ヴァレー・セミヨンや、高いアルコールと透明感の組み合わせがクロ・デ・パプ(Clos des Papes)を彷彿とさせるドリュー・ヌーン(Drew Noon)MWのワインなど、オーストラリアのクラッシックなワインも出展されていた。しかし私がそれまでテイスティングしたことがなかったのがロビン・テダー(Robin Tedder)MWのグレンギン、アリステア(Glenguin, Aristea)2007(出展されていたワインの中では最もヴィンテージが古いものの一つだった)である。これは樹齢60年の無灌漑、自根のハンター・ヴァレーのシラーズからつくられていて、このシラーズは1980年代にジェームス・バスビーがオーストラリアに持ち込んだ木の直系の子孫であるというのだ。その荒々しい舌触りは(13.2%という中程度のアルコールと非常に長い4年もの瓶熟成とあいまって)素晴らしいオーストラリアワイン産地の賜物であることをありありと見せつけた。残念ながらこれはオーストラリアのみで入手可能なようだ。

010-2.jpgもう一つの発見は、比較的最近MWを取得したリチャード・カーショウ(Richard Kershaw)による南アフリカの最も冷涼な地域、エルジン(Elgin)のシラーである。私はすでに彼が数か月前にMW用の論文としても十分に通用するほど詳細な背景データと共に送ってきたカーショウ・シャルドネ(ネイキッド・ワインズ(Naked Wines)で入手可能)2012を高く評価していたが、このシラー2012はまさに職人技ともいうべき味わいで、繊細かつクランベリーの果実味が生き生きとした完成度の高いものだった(土壌はコフィークリップ(Koffieklip)、砂利、ボッケベルト(Bokkeveld)頁岩。無破砕で、酸や酵素など一切無添加。48%は新樽、17%は1度使用した樽、31%は2度使用した樽、4%は樽を使わず15か月熟成)。このワインはイギリスに輸入する価値があると思いますよ、イギリスのインポーターのみなさん。

私の故郷に近いヨーロッパはというと、ジャスティン・ハワード・スネイド(Justin Howard-Sneyd)MWがルーションで作るドメーヌ・オブ・ザ・ビー(Domaine of the Bee)のル・ジュヌー(Les Genoux;「膝」の意)2011の品質が目を引いた。このワインはモーリー周辺で栽培されているグルナッシュ古木のブドウを70%含むが、モーリーのようなフランスの暑い地域ではほとんどのテーブルワインがアルコール15%前後となることを考えるとフィレンツェで飲んだそれははるかに繊細であるように感じられた(価格も高いが)。また、ヨーロッパ大陸初のMWであるオリヴィエ・フンブレヒト(Olivier Humbrecht)MWは素晴らしいアルザス白の生産者としての手腕を見せつけた。(同じ週にロンドンで実施された大規模なリースリング・テイスティングでも証明済みである)。

アラステア・メイリング(Alastair Maling)MWによるヴィラ・マリア(Villa Maria)はニュージーランドで最もよく知られているワインの一つであるから「発見」とは言い難いが、特にケルターン(Keltern)・シングル・ヴィンヤード・シャルドネ2011ホークスベイはシャブリのような長期熟成が期待できる見事なできだった。

しかし、おそらくもっともコストパフォーマンスがよいものといえばスペインだろう。下記リストに記したエド・アダムス(Ed Adams)MWによるラ・バスキュラ(La Bascula)と、フライング・ワインメーカーであるスコットランド人、ノレル・ロバートソン(Norrel Robertson)MWによるエル・エスコセス・ヴォランテ(El Escocés Volante)の白2本を挙げておきたい。

=お気に入りの紹介=

おおよそ価格の高い順(wine-searcher.comの価格による)に、通常在庫のあるものを記す。

Tolpuddle Pinot Noir 2012 Tasmania
£54.70 Hedonism Wines, London W1

Domaine of the Bee, Les Genoux 2011 Côtes Catalanes
£45 www.domaineofthebee.com

Jürgen von der Mark, Hey Jude Pinot Noir 2009 Baden
£32.99 The Winery, London W9

Glenguin, Aristea Shiraz 2007 Hunter Valley
Aus$60~

Kershaw Syrah 2012 Elgin
275 rand(訳注;南アフリカの通貨単位)あるいは6本で1,680 rand www.richardkershawwines.co.za

Villa Maria, Keltern Vineyard Chardonnay 2011 Hawke’s Bay
NZ$30~ あるいは CA$39~。来月にはイギリスでも発売され、18ポンド程度になる見込み

El Escocés Volante, The Cup and Rings Albariño Sobre Lias 2011 Rias Baixas
ドイツでは€10.60~、グラスゴーのクロス・ストッブスでは£12.95 、ブリストルのDBMワインズでは £13.90 

La Bascula, Heights of the Charge Verdejo/Viura 2012 Rueda
£10.29 Noel Young of Trumpington

原文