ARTICLEワイン記事和訳 本記事は著者であるジャンシス・ロビンソンMWから承諾を得て、
Jancisrobinson.com 掲載の無料記事を翻訳したものです。

394.jpgオーストラリアで最も有名な産地の一つが、その特別な素質を生かして作るスタイルはトスカーナ、アルゼンチン、チリでも行われている。上の写真はアルキナのシスト基岩で、ウェブサイトから拝借したものだ(The image above of schist bedrock at Alkina is taken from their website)。この記事のショート・バージョンはフィナンシャル・タイムズにも掲載されている。

「テロワールとか、マイクロテロワールというものがヨーロッパだけのものというのは大間違いです」。トスカーナのワイン・コンサルタント、アルベルト・アントニーニは自身がオーストラリアのバロッサ・ヴァレーで作る新たなワインのロンドンでの発表会で熱弁をふるった。「地質には旧世界も新世界もありませんから」。

確かにその通りだ。そしてアルキナのワインのスタイルがそれを裏打ちしている。私自身、それらのワインには「淡いルビー色」「口の中で踊るような感覚」「非常にフレッシュ」「わずかにフローラル」などのコメントを書いていた。

これらのワインをブラインドで提供されたら、バロッサ・ヴァレーのものだとは夢にも思わないだろう。バロッサ・ヴァレーのワインは向こう側が透けて見えないほど濃く、フレッシュさよりも強さが印象に残るものが多いからだ。事実、アルキナのワインには透明感があり食欲をそそり、オークよりもコンクリートで熟成されたような赤ワインを想起させる。そのコンクリートはアンデスの麓やコーカサス地方から集めた土で作られたものだ。

ただし、地質に自身のスタイルを投影しようとしているのは彼だけではない。彼の理念は彼自身も頻繁にコラボレーションをしているペドロ・パッラのものと重なる。パッラはドクター・テロワールとして知られ、クライアントの畑の多様な地質を探るために土壌調査用の穴を熱心に掘っている人物だ。彼らの主な目的は、区画ごとに異なる固有の性質をブドウに最大限投影することだ。現在ワイン生産現場の至る所で耳にする呪文は「畑そのものを表現すること」だが、パッラや彼の新たな門弟で著名なシャンパーニュ一族でもあるポール・クリュッグほど、それを実現するべく、細部にまでわたり実践している者はいないだろう。

彼らの活動は世界的だ。先日は南ブルゴーニュで、パッラとクリュッグに畑を調査してもらったと嬉々として語る生産者に出会ったばかりだ。私は2017年にパッラの出身地であるチリ南部で彼と共に過ごした際、すでにイタリア、カリフォルニア、オレゴン、アルゼンチン、スペイン、ブルゴーニュにクライアントがいると話していた。「ムルソーでは多くの発見がありましたよ」と彼は私には全く未知の事柄について話してくれた。「あそこの石灰には3種類あって、その組成の違いによって出来上がるワインが大きく違ってくるんです」。ちなみに彼はブドウの下に穴を深く掘るのがあまりに好きなので、表土には目もくれない。

パッラとアントニーニはクライアントの数を順調に増やしてきたが、その中にはパッラの新たなオーストラリアでのプロジェクトが含まれている。実はこのケースでは、パッラが加わったのは比較的遅く、現在の所有者が土地を取得して2年後のことだった。その所有者はアルゼンチンの石油ガス事業の大物、アレハンドロ・ブルゲローニだ。彼はパッラが畑に掘る穴に多大な金を喜んで払う。また有機栽培の信仰者であり、超長期スパンでのアプローチも厭わない。彼が最初に旗揚げしたワイナリーは南ウルグアイにあるガルソンだが、それ以降出身地であるアルゼンチン(パタゴニアを含む)を筆頭にトスカーナ、オーストラリアなどでも事業を拡大してきた。

オーストラリアの土壌がいかに多様で面白いものであるか気付き、パッラにその魅力を紹介したのは、ブルゲローニの長年のアドバイザーでもあるアントニーニだけではない。サイモン・ファーはイギリス在住の非常に思慮深いワイン商だが、彼もアントニーニと同じ考えだ。彼がブルゲローニと出会ったのは。アルゼンチンのワイン・ブランド、アルジェントをファーの前身であるビベンダムから買収した時のことだった。

ファーはオーストラリアじゅう、さまざまな可能性を秘めた場所を訪ね歩いたときのことをよく覚えている。彼はそれらの土地なら、高い価格をつけようと思えば危険なほど豪華なスタイルを追求できると考えている。最終的にブルゲローニが2015年に買収することとなった土地に彼らを導いたのはバロッサ出身のアメリア・ノランだ。彼女は現在アルキナの経営者でもあり、ブルゲローニのアジアでの販売責任者でもある。

彼女は鑑識眼のあるバロッサのワインメーカー達が、カレスキーの畑で採れたブドウには金に糸目をつけないと知っていた。そしてバロッサ・グラウンズの北西部、グリーノックにほど近いこの畑をブルゲローニのチームは取得したのだ。

取得した農地にはまだまだブドウが植えられていない場所が残っていたため、その可能性を見極めるため招かれたのがパッラだった。彼が最初に行ったのは、地下の電気伝導率を測定し、調査用の穴を掘るための場所を見つけることだった。アントニーニによれば、「金脈を発見したようなものです。シストや石灰、花崗岩、そして玄武岩まで、この農地の多様性に満ちた土壌に私たちは大変興奮しました」。これらの土壌は確かに、(幾重にもわたる醸造技術に上塗りされない限りは)ワインメーカーたちに高く評価されているものだが、それぞれがワインにもたらすポテンシャルは異なる。

この文脈においてアントニーニは誰が敵なのかを説明してくれた。過熟なブドウ、醸造中の過剰な抽出、過剰な樽の使用、化学農薬使用を信奉する栽培者、「味わいの一部になりたいと考える」醸造家、そして市場だそうだ。「市場は時には敵となるんです。だって『市場のためにワインを造りたい』わけではありませんから。逆に、自分がやりたいことをするには、そのための市場を見つける必要があるのです」。

この発言は、彼への投資からリターンを急がない億万長者がバックにいるからこそともいえるだろう。オーストラリアのワインライターとして第一線を行くマックス・アレンに、この新しいアルキナ・ワインについてどう思うのか聞いてみると、彼の回答は「かなり野心的な価格付け」だった。

彼の指摘はもっともだ。アルキナのイギリスへのインポータ、レイバーン・ファイン・ワインズの小売価格は立ち上げヴィンテージである2018と2019で1本39ポンドから230ポンドだが、ワインはパッラの仕事の成果が出た新しい畑のものではなく、数十年前に植えられたブドウを使っている。

ワインのアルコール度数はバロッサの平均的なものよりも低く、13.5%から14.2%ほどだ。アントニーニはブドウを有機栽培すれば、近隣より3週間早くブドウを収穫したとしても十分に偉大な風味を引き出すことができると主張している。「有機栽培は生産性が高いんです。なぜならブドウがより充実し、上質なワインになるからです。そのうえブドウの寿命も延びますから。それからコストも削減できますよ」。例えばアルゼンチンでは3月の第2週には収穫を行う。かつてはその3,4週間後に行っていたが、彼によればそれは気候変動によるものではなく「土壌の質による」のだそうだ。

ただし、彼自身も彼らの農地がバロッサで特別なものではないことは認めている。バロッサ・ヴァレーの土壌も基岩もこの上なく多様性に富み、他の多くの生産者たちも、やろうと思えば彼が作ろうとしている類のワインを造ることは可能だ。

彼の言うように市場の好みが変わってきているというのであれば、バロッサ・ワインのスタイルもアルキナのものに近づいていくのかもしれないし、生産者の中にはすでにその兆しを見せ始めているものもいる。彼によれば、近年、特にアメリカで見られる食生活の変化は人々の好みに大いなる影響を与えているそうだ。「彼らは甘みとグルタミン酸に満ち溢れた食生活をしていた頃に求めていたビッグで力強く、凝縮されたワインを、もはや求めてはいないのです」。

アントニーニの意見には耳を傾ける価値はある。彼は世界の様々な生産地、生産者、そして市場を見てきているからだ。そして彼が影響を与えているのは高級ワインだけではない。彼が直近でかかわったプロジェクトはイタリアのブレンドワイン3種を作ることで、急成長しているセレブによるワイン・ビジネスの一環として著名シェフ、ゴードン・ラムゼイがプロデュースしたものだ。今週テスコから各8ポンドで発売予定だ。

彼にとって未来は輝かしく、同時に困難にも満ちている。「今我々が飲んでいるのは自然が与えてくれるものの20%程度にしかすぎません。まだまだすべきことはたくさんあります。ワインが我々の文明の一部となっていることは素晴らしいことです。ワインは私が若いころには、ただ食事に伴うものでしたが今やそうではありません。私の両親は毎日どんな食事でも同じワインを飲んでいました。私の子供たちは世界中から様々なワインを探し出し、それを知ろうとしています」。

アルベルト・アントニーニのクライアントたち

トスカーナ、モンタルチーノ
Biondi-Santi, Argiano, Podere Brizio, Poggio Landi, Renieri, Tassi

トスカーナ、キャンティ・クラシコ
Dievole, Castello di Bossi, Le Filigare

トスカーナ、キャンティ・モンタルバーノ
Poggiotondo

トスカーナ、ボルゲリ
Tenuta Meraviglia

アブルッツォ
Farnese/Fantini

シチリア
Settesoli/Mandrarossa, Curatolo Arini

スペイン
Bodega Trus (Ribera del Duero), Bodega Proelio (Rioja), Bodega Nivarius (Rioja)

アルゼンチン、メンドーサ
Altos Las Hormigas, Argento, Finca Flichman, Trivento, Trapiche/Peñaflor, La Celia, Casa de Uco

アルゼンチン、パタゴニア
Otronia

チリ
Concha y Toro, Viña Leyda (Leyda Valley), Viña Intriga (Maipo Valley), Viña Bisquertt (Colchagua Valley), Viña Falernia (Elqui Valley)

ウルグアイ
Bodega Garzón

アルメニア
Zorah

オーストラリア
Alkina (Barossa Valley), Pizzini (King Valley, Victoria)

イスラエル
Barkan/Segal (Jerusalem Hills and Galilee)

アメリカ
Seghesio (Sonoma Valley), Hamel Family (Sonoma Valley), Renwood (Amador County), Ramiiisol (Virginia)

アルキナのテイスティング・ノートや、あらたなゴードン・ラムゼイのワインなどのテイスティング・コメントはこちらから。各国の取扱業者はWine-Searcher.comを参照のこと。

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