TT:木曜特別シリーズの意。最近の事例に関連のある過去の記事を再掲するコーナーです。
2015年3月5日 ジャンシスが最近訪問したチリとアルゼンチンに関する総括記事を受け、2010年時を振り返り、当時との類似点と相違点、その後の大きな変化を知るのも興味深いと考え、2010年9月25日にフィナシャル・タイムズに掲載された記事を再掲する。
南アメリカのテイスティング・ノートについてはこちらを参照のこと。
南アメリカはコスト・パフォーマンスに優れたワインの、他に類を見ない供給源としての地位を確立しているが、ワイン愛好家のこの大陸に関する見解はその人物が大西洋のどちら側に住んでいるかによって大きく異なる。
イギリス人にとって、南アメリカのワインと言えばチリである。多くの品質が信頼でき(好調な銅産業に後押しされた物価にもかかわらず)安価なのだが、この国の生産者たちは断固として、場合によっては無謀にも、高級市場への移行を狙っている。チリはいまや、よくできたカベルネ、メルロー、カルムネール(古いボルドーの品種でチリの栽培者の間では長い間メルローと混同されていた)を作るだけでなく、ボリューム全開のシラー、驚くほど繊細なピノ・ノワール、世界一興味深いと言える古木から作られるカリニャン、そして非常に優秀で幅広い品ぞろえの白ワインまで生み出す。
アメリカ人はおそらくこのような熱烈な評価に驚くだろう。アメリカでは、チリは安物というイメージであり、チリの輸出業者がどれほど努力しても(といっても対イギリスほどの苦労ではないはずだが)、チリを格安品という視点以外で見ることのできるアメリカの消費者はほとんどいない。
ところがそのアメリカのワイン愛好家たちはマルベックにはまんまと引っかかったのである。これはアルゼンチンの象徴とも言える赤ワインで、アメリカで最も急速に伸びている赤のヴァラエタル・ワインだ。アルゼンチンのマルベックは容易に完熟し、スパイシーで力強いアルコールかつ飲みやすいワインとなるが、その価格は同様な品質のカリフォルニアのカベルネの数分の一である。そのため今のような財布の紐が固い時代、1本15~20ドルという価格帯を侵食しつつある。事実、アメリカでのマルベックの人気があまりに高まったため、フランスの南西地方でその品種に依存するかつては非常に保守的だったアペラシオン、カオールですら、その土地で使われていたコットやオーセロワという名前を捨て、新たに台頭してきたMで始まるその名前にマーケティングの望みをかけている。私がこの夏訪問した際にはオートルート(高速道路)A20の脇の畑にその名を冠した広告用掲示板まで掲げられていたほどだ。
一方で、アルゼンチンワインは、品質は15年前と比較して100倍にもよくなったものの、ヨーロッパではなかなか振るわない。アメリカがアルゼンチンにとってはるかに大きな輸出市場であり、カナダ(オンタリオのアルコール専売店でズッカルディの安価なフュージョン・シリーズの人気が起爆剤となった)、そのあとにようやくイギリスが、そして僅差でオランダが続く。ワインズ・オブ・アルゼンチンがどこよりもイギリスに資金を投入したにもかかわらず、である。
昨年は35名のワイン・ライターやソムリエが、肌寒いイギリスの島々からアルゼンチンの眩い陽の光の射すワイン・カントリーへ招待されたそうだ。その数はアメリカよりも多い。しかしそんな大盤振る舞いも売上には貢献しなかったようだ。チリワインはイギリスのワイン売上高の9%を占めるのに対し、アルゼンチンは1%をわずかに超えるのみだ(アメリカでは両国ともに数量ベースで9%を占めるが、価格ベースではアルゼンチンが既にチリを上回っている)。この理由の一つとして、アルゼンチンにはコンチャ・イ・トロやコノ・スル、イスラ・ネグラ、ロス・ロブレスなどのような大量生産ブランドが少ないことが挙げられるだろう。これらは全てチリの巨大企業が販売しているもので、そのためイギリスのスーパーの棚を小売価格で1本3.99~6.99ポンドという衝撃的な価格のワインで占拠することができるのだ。
しかし、アルゼンチンはやや規模は大きいながらも真の個性の現れたワインを提供する。イギリスの専門インポーターでロンドンのシャパーズ・ブッシュにあるヒスパマーチャンツ(Hispamerchants)やイースト・サセックスにあるラス・ボデガス(Las Bodegas)などは特に魅力的なワインへの近道だろう。もっと大きな流通の流れに乗っているアルゼンチンの生産者で私のヨーロッパ的な好みに合うワインを作るのはカテナ(Catena;アルジェント(Argento)、タルキーノ(Tarquino)、ピロポ(Piropo)、アラモス(Alamos)などのシリーズがある)と大量消費市場を狙ったジョイント・ベンチャーのヴィニャルバ(Viñalba)シリーズのあるファブレ・モンマイユー(Fabre Montmayou)だ。
自身のボデガであるファブレ・モンマイユーを設立するため1990年代初頭にボルドーからアルゼンチンに移り住んだエルヴェ・ファブレが言うように「我々のセラーにおける哲学はマルベックをあるがままに使い、ブドウそのものとテロワールを表現することです。近代的な技術で飾り立てたような作り方は避けたいのです。我々はいわゆるアメリカン・スタイルと呼ばれるようなワインのプロではありません。フランス的な方法でアルゼンチンのワインを作りたいのです。」
私が考えるに、多くのヨーロッパ人にとって完熟した甘く強いアルゼンチンの赤ワインはやや過剰に感じられるかもしれないが、カリフォルニアの赤に慣れた人なら問題ないのではないだろうか。とはいえ、私はぜひともアルゼンチンの甘いけれども骨格がしっかりとした、いい意味でミネラルを感じられるカベルネ・ソーヴィニヨンのために嘆願書を書きたい気持ちだ。今のマルベックに熱狂する環境の中でこの品種が見過ごされてしまう危険にあるからだ。それはまさに1980年代、輸入されたカベルネがフランス情緒たっぷりで洗練されているともてはやされ、土着の、どこにでもあったマルベックが完全に軽蔑された時と同じ状況である。アルゼンチンの生産者は80%に上るマルベックを1960年代から1990年代の間に引き抜いてしまったため、つい最近になるまであまり優秀とは言えないボナルダですら、マルベックの栽培面積より大きかったのである。(アルゼンチンのボナルダはピエモンテのボナルダとは異なり、フランスの品種でコルボー(Corbeau)としても知られるドゥース・ノワール(Douce Noir)と同一であることが確認されている)
アルゼンチンの白ワイン作りは大きな飛躍を遂げてはいるが、今のところ地元品種である香り高いトロンテスと大成功を収めたメンドーサの高地で作られるシャルドネを除けば、この国は危険なまでに単一品種、さらには唯一の巨大なワイン産地でメンドーサに依存した赤ワインの国である。メンドーサの392,800エーカー(158,961ヘクタール)はようやくより細かい地域分けが始まったところだ。
明らかに同じことはチリには当てはまらない。おそらくこの細長い国で最も心躍るのは成功を収める品種の幅がどんどん広がり、冷涼なワイン産地も増え続ける、ワイン・シーンの進化の速さだろう。
チリとアルゼンチンの両国は例年行事である包括的なワイン・テイスティングを今月上旬にロンドンで開催した(チリは上の写真の英国王立園芸ホールで、アルゼンチンは右の写真のローズ・クリケット・グラウンドを見下ろす会場で開催された)。このイベントで我々テイスターはそれぞれの国以外の場所で入手可能なワインのおそらく最も数の多い品揃えを体験できるチャンスに恵まれた。どちらの会場でも私は中価格帯で生産者自身が目玉とするワインに集中するようにし、以下がその中で20点満点中17点以上をつけたものである。
アンデスのお気に入り
チリ
Chocalán, Malvilla Sauvignon Blanc 2009 Leyda Valley
£13.99 imported by Liberty Wines
Casa Silva, Paradones Cool Coast Sauvignon Blanc 2010 Colchagua Valley
£12.95 Frank Stainton Wines (Kendal), Averys of Bristol, Field & Fawcett Wine Merchants (York), The Naked Grape (Hants)
Arboleda Cabernet Sauvignon 2008 Aconcagua
£14.15 slurp.co.uk
Marqués de Casa Concha Cabernet Sauvignon 2008 Maipo
£8.11 Bellwether Wines (Peterborough), £9.07 Rodney Densem Wines (Cheshire)
MontGras, Intriga Cabernet Sauvignon 2007 Maipo Alto
Available in Germany, Switzerland and Canada
Terrunyo, Block 27 Peumo Carmenère 2007 Cachapoal Valley
£14.50 slurp.co.uk
Santa Carolina, Cauquenes Dry Farming Carignan 2008 Maule Valley
£12.99 imported by Percy Fox & Co
アルゼンチン
Cruz de Piedra, Umbral Cabernet Sauvignon 2007 Mendoza
£9.60 imported by Morgenrot
Fabre Montmayou, Gran Reserva Cabernet Sauvignon 2008 Luján de Cuyo
£13.50 Vinothentic.com
Finca Sophenia, Reserve Syrah 2009 Tupungato
£9.95 imported by Ellis of Richmond
Catena Zapata, Catena Malbec 2008 Mendoza
£11.99 Majestic
Viñalba Gran Reserva Malbec 2008 Luján de Cuyo
£12.99
国際的な取扱業者は www.wine-searcher.com. のデータによる。
多くの南アメリカのテイスティング・ノートについてはこちらを参照のこと。
(原文)