ARTICLEワイン記事和訳 本記事は著者であるジャンシス・ロビンソンMWから承諾を得て、
Jancisrobinson.com 掲載の無料記事を翻訳したものです。

088-1.jpgこれはフィナンシャル・タイムズに掲載された記事のロング・バージョンである。「Travels in Argentina – the guide」も参照してほしい。

ただ一つの家族に注目してアルゼンチン・ワインの近代史を語るのはいささか公正ではないかもしれないが、だれが見ても明らかなその例を挙げたい。ズッカルディだ。彼らの物語は20世紀半ばの技術改革から世紀の変わり目の人もうらやむ販売戦略の成功、そして現在のアルゼンチン・ワインの未来の青写真へとつながる。

アルベルト・ズッカルディ(Alberto Zuccardi)の一家は19世紀にイタリア(彼の場合はアベリノ)からアルゼンチンに移民してきた数千のうちの一つだった。彼らはアルゼンチン北部のトゥクマンに落ち着いたが、エンジニアという立場で1950年にこの国のワインの首都メンドーサに引き寄せられ、最終的には彼がこの地域の慢性的な水不足を緩和するための灌漑システムを開発するまでになった。彼のデザインした頭上にかかるパーゴラは今日でも使われており、パラル・ズッカルディと呼ばれている。彼は昨年妻であるエマを残して亡くなったが、彼女はマイプにあるサンタ・ジュリアの敷地にズッカルディが開いた2軒の人気レストランで開催されるアートの展示会を今でも取り仕切っている。そこはメンドーサ南部の平地から隆起した標高700mの地域で、多くのアルゼンチン・ワインの伝統的な産地でもあった。

全ての背景にはアルベルトの61歳になる息子、ホセ(José)がいる。彼はその暗い色の瞳と濃い口髭からコミック・オペラの悪役のような印象を与えるかもしれないが、そんなおどけた印象とは正反対の人物である。彼の指揮の下、度重なる経営難を乗り越え、ズッカルディはアルゼンチンで最も成功したワイン輸出業者の一つに成長した。

数年前、彼は世界最大のアルコールバイヤーを名乗り、スミロフ(ウォッカ)を上回る販売数を誇るオンタリオ州酒類管理委員会(LCBO)で大ヒットとなるワイン・ブランドを生み出した。フュージョン(Fuzion)は、(少なくとも当時は)アメリカのイエロー・テイルやトゥー・バック・チャックと肩を並べるほどのワイン旋風を巻き起こした。手始めはケベックの専売公社用テイラー・メイドのジューシーなマルベックだったが、あっという間にその勢いは増し、2010年の売り上げは3100万カナダドルとなった。

先月私はこの全ての商業活動の中枢である、最初に建設されたマイプの施設に3回目の訪問を果たし、ホセが主催する今年のワインズ・オブ・アルゼンチン・アワードの女性だけの審査員と共にディナーを楽しんだ。彼はとても誇らしげに、先見の明を持ちアルゼンチンで最も称賛を集めるオリーブオイルを生産している次男のミゲル(Miguel)を、続いて彼の初めての男の孫を寝かしつけるためゆすっている娘のジュリア(Julia)を紹介してくれた。我々の多くが翌朝には遠く離れた場所に飛行機で飛び去るにも関わらず、彼は一人一人に巨大な高級オリーブオイルの缶を持って行くようにと言って聞かなかった。なんとイタリア人らしい精神の持ち主だろうか。

彼の長男はズッカルディのワイン・ビジネスについて大きく異なる未来図を描いている人物でブエノス・アイレスをなかなか離れることができないのだが、なんとかメンドーサにギリギリで戻り、翌晩のセレモニーで彼の革新的なアルビオナル・ビスタ・フロレス・マルベック(Aluvional Vista Flores Malbec)2012が受賞したトロフィーをジーンズ姿で受け取った。

この34歳のセバスチャン(Sebastián)はこのファミリー・ビジネスに2004年から携わり、アンデスの高地をめざし、より冷涼でアルゼンチン最高のワインがまさに今育っている土地へ移る計画に着手した。ズッカルディは標高1400mにもなるウコ・ヴァレーに数か所、合計280ヘクタールの畑を所有する。アルタミラにある畑を彼らはピエドラ・インフィニタ(Piedra Infinita、訳注:スペイン語で無限の石の意)と呼ぶ。なぜならブドウを植えるために畑から取り除かなくてはならなかった石が数えきれないほどのトラックの荷台を埋め尽くしたからだ。今でも畑にはスーツケースほどの大きさの石を積み重ねた塚が点在する。畑を縁取るポプラを午後の風がそよがすと、通常より二週間早く成熟に向かっているブドウに太陽が照りつける。セバスチャンの雇っている栽培科学者のマルティン・ディ・ステファノ(Martin Di Stefano)は、伝統的に南北方向に並んでいたブドウの垣根を21度北西方向に変え、ブドウを日中の日焼けから守るようにしたのだと熱のこもったまなざしで説明してくれた。

チリのテロワール専門家、ペドロ・パラ(Pedro Parra)は2009年からここのコンサルトをしている。それは畑のあちこちに見られる土壌調査用の穴を見ても明らかだ。セバスチャンとトスカーナ人の醸造コンサルタント、アルベルト・アントニーニ(Alberto Antonini)はハイテクを駆使した土壌マッピングを全ての畑に導入し、類似した性質のブドウがわかるよう畑を色つきのテープで多角形に区切り、それらを別々に収穫、醸造できるようにしている。

セバスチャンが描くよりフレッシュで軽やかなアルゼンチン・ワインを実現するために本当に必要な投資は、このピエドラ・インフィニタの野心的なワイナリーに惜しみなく注がれている。ここで若いワイン・メーカーであるローラ・プリンチピアーノ(Laura Principiano)とセバスチャンはあらゆる手を使い2014年のブドウを醸造することができた。その建物は2015年の収穫ですら受け入れられる準備が整っているとはとても言えない状況だったのにもかかわらず、である。彼らは全てのワインの発酵を木やステンレスではなく今流行りのコンクリート・タンクで行うアルゼンチンで最初のワイナリーである。おそらくインフレで大きな打撃を受けたこの国ではこれで輸入のコストを大きく抑えることになるし、全ての資材が地元のものであるという自負も文脈に見え隠れする。しかしセバスチャンはさらに自身のワインのオークのニュアンスを最小限にし、その原産地の特徴を最大限に引き出すという賭けに出た。そ目的は畑の個性が出たマルベックを作ることで(マルベックという言葉はこのアルビオナル・シリーズのラベルには一切表記されていない)、これはアルゼンチンで比較的新しいが増え続けている流れであり、ここの沖積土壌からあらゆる多様性を最大限に引き出すことである。チリに比べればまだ及ばないものの、それでも大きな動きである。

088-2.jpg縦に置かれた樽の上で、職人たちに囲まれながら私は彼らの高地で作られたワインをテイスティングした。その味わいはリッチで樽の強いアルゼンチンの「普通の」マルベックの味わいとは何光年もの開きがある。私は昨年9月にセバスチャン、アントニーニ、パラがロンドンでそれを発表した際、このスタイルを一足早く味見させてもらっていた。

ここまで全く違うワインであるので、アルゼンチンでの評判はどうなのかと尋ねてみた。「関係ないよ。僕たちは市場に従うんじゃなくて、市場にこのワインを見せつけたいだけだから。」アントニーニは言い、おそらく彼のクライアントが聞いているかもと思ったのだろう、こう付け加えた。「反応は思っていたよりはるかにいいよ。彼らがシュワルツェネッガーみたいなワインを飲むのに慣れていた割にはね。」「誰でも新しいことを始めたると最初は頭がおかしいと思われるんだよ。25年後にまた話したいね。」

セバスチャンはもっと慎重だった。「市場は賢いから、何か新しいものを提示すればそれをすぐ理解するんだ。」彼はまちがいなく、アルゼンチンのワイン・シーンに衝撃を与え、尊敬を集めている新世代のワイン生産者のうちの一人だ。その衝撃はおそらくチリの同じような生産者よりもやや穏やかと言えるだろうが、空気が変わっていることは間違いない。例えばセバスチャンはフランシスコ・ブガーヨ(Francisco Bugallo)と共にサン・ファンでナチュラル・ワインまで作っている。かつて蔑まれていたクリオージャ・チカ、アンデスの反対側で同様な復活を遂げた謙虚なパイスと同じ品種でから、である。

彼の父、すなわちおそらく小切手にサインをしている人物の顔色はどうかというと、ホセは自慢げに微笑んでこう言った。「まさに新しい世代だね。彼らのやりたいようにさせなくちゃ。」

優れたアルゼンチンのマルベック

希望小売価格$7-$13
Catena Zapata, Alamos 2014 Mendoza

Finca El Origen, Reserva 2014 Tunuyan

希望小売価格$13-$20

Callia, Magna 2013 Pedernal

Catena Zapata, Alamos Selección 2013 Mendoza

Los Toneles, Tonel 2 2013 Mendoza

Margot, Maula Oak 2013 Mendoza

Domino del Plata, Crios 2013 Mendoza

Quara, Reserva 2012 Cafayate

Vid y Vinos, Vida y Alma 2013 Uco Valley

希望小売価格$20-$30

Escorihuela Gascón, 1884 Limited Production 2012 Mendoza

Mendoza Vineyards, Gran Reserva 2012 Mendoza

Vicentin, Robusto 2012 Mendoza and Gen 2012 San Carlos

希望小売価格$30+

Alto Los Hormigas, Reserve 2012 Uco Valley and Appellation 2012 Gualtallary

Cavas del 23, Beviam Reserva 2013 Mendoza

Chakana Estate Selection 2013 Paraje Altamira

Doña Paula, Seleccion de Bodega 2010 Mendoza

Las Moras, Finca Pedernal 2010 Pedernal Valley

Norton, Lote 2010 Lunlunta

Matías Riccitelli, Vineyard Selection 2013 Mendoza

Zuccardi, Aluvional 2012 Vista Flores and Paraje Altamira

原文