間もなく出版されるオックスフォード・コンパニオン・トゥ・ワインの第4版で栽培関連の監修を担当しているリチャード・スマート博士は世界中で増え続けるブドウの幹の感染症の流行を懸念し「ブドウの幹の感染症がワインの供給に影響をもたらすのでは」と問いかけている。
ほとんどのワイン消費者の皆さんは考えたこともないと思いますが、ブドウ栽培者およびワイン生産者の中にはその不安を抱えている人々がいます。幹の感染症はブドウを枯らし、畑の中で樹から樹へ伝染します。これはブドウが栽培されている場所なら世界中どこででも確認されており、総じてその数は増加の一途をたどっています。写真はコニャックのブドウで、ボトリオスフェリア・ダイバック(Botryosphaeria dieback)の症状を示しています。コルドンと主幹の一部が枯死していますが、このブドウは「治療」できる可能性があるのです。中ほどの写真に見られるように健康な副梢を仕立て、古いコルドンを差し替え、感染部位を取り除くのです。
悪い知らせ
ブドウの幹の主な感染症は3つです。エスカ(esca)、ユーティパ・ダイバック(eutypa dieback)、ボトリオスフェリア・ダイバックで(エスカとその仲間たち (原文) 参照のこと)、それぞれ異なる菌が原因です。エスカはヨーロッパの畑で主要な問題であり、殺菌剤である亜ヒ酸ナトリウムが健康被害をもたらすとして禁止されて以来増え続けています。エスカ同様、ユーティパ・ダイバックも何世紀にもわたって知られてきたが、ボトリオスフェリアはその生態を理解するどころか多くの生産者は認識すらしていませんが、非常に深刻な被害をもたらしうる感染症です。これらについて世界基準で統一した制御法はありません。
殺菌剤である亜ヒ酸ナトリウムがニュースになったのはつい最近のことです。フランスでボルドー近郊のブドウ生産者の娘が、父親が2012年に肺ガンで亡くなったとして刑事裁判を起こしたのです。その父親は2001年に発がん性があるとして禁止されるまで、畑に亜ヒ酸ナトリウムを42年間撒き続けていました。
これら幹の感染症は全て、冬季に主に浮遊胞子によって(特に雨の多い時期に)感染した樹の剪定時の切り口から広がります。感染は潜行性で、明確な症状はブドウが間もなく死に至る状態になるまでほとんど見られません。そのためそれまでに他の多くのブドウに感染が広がってしまうのです。
抵抗力は品種によって異なります。ユニ・ブラン(トレッビアーノ・トスカーノ)とソーヴィニヨン・ブランが中でも最も抵抗性が低く、カベルネ・ソーヴィニヨンはやや弱めです。特に懸念されているのは、ほとんどと言わないまでも多くの世界中のブドウ苗木商の生産する新しい苗木にこの感染症の症状がみられる点であり、感染が新規の畑にも広がる可能性を示している点です。
私は最近ロワールとコニャックを訪問し、その被害が深刻であることを確信しましたが、それは特に樹齢の高い畑で顕著でした。また研究用のブドウ畑での感染の深刻さには驚きました。私の印象では生産者は常にこれらの感染症の存在に気を配っているわけでもないし、その対策を考えてもいないようにみえます。私を含む観測者の中には現在のフランスの状況を19世紀後半に虫害であるフィロキセラが生産に大打撃を与え、フィロキセラに耐性のある台木が広く用いられ、ブドウが植え替えられるまで続いた時に匹敵すると考える人もいるのです。
良い知らせ
世界各地から不健康なブドウ畑の報告が寄せられたことでこれら病害の研究に注目が集まるようになり、幹の感染症の研究者による国際的なグループ(international group of trunk-disease scientists )が1998年に結成され、2014年に9回目の会議が開催されました。多くの研究によって剪定時の切り口を天然あるいは合成殺菌剤で保護することが有効であることがわかり、そのための地域によってはそのような製剤を剪定時の切り口に塗ったり吹き付けたりすることも増えてきています。(私もカリフォルニアで今年の初めに目にしている―ジャンシス・ロビンソン)
我々はブドウの木に主幹が一つしかない仕立て方に慣れていますが、自然界では4000万年ほどの間ブドウは複数の主幹をもつものでした。この手法は商業的にはニューヨーク州北部など冬の寒さが厳しい地域で寒さで枯死した主幹を代替するために用いられています。そうすることで生産量の減少を避けられるのです。(リチャード・ヘミングが撮ったこの写真は最近彼がワシントンへ行ったときのもので、その冬はブドウにとって致命的な寒さでした。)
主幹の根元に見える副梢は万一古い主幹が凍結で失われた場合に新たな樹を構成することができます。この主幹差し替え法として知られる非常に伝統的な方法は幹の感染症に打ち勝つために使えるかもしれません。
オーストラリアでの研究でユーティパは健康な副梢を樹の根元から取り主幹の上方の感染部位を差し替えることで制御できることがわかっています。この技術は他の幹の感染症にも使えるとのことです。
この幹の感染症の問題は特にフランス西部、コニャックで特に深刻で、昨年12月には大手生産者のヘネシーが関連する研究に60万ポンドの出資をすると表明しました。先月彼らはヨーロッパおよびその他の地域の幹感染症専門家会議を主催し、私もそこでこの感染症と闘う過去の技術を提案する論文を発表しました。主幹の差し替えはシンプルで安価で効果的に幹の感染症を制御する方法だということが示されてきました。この技術はオーストラリアやニュージーランドでは広く推奨されていますが、ヨーロッパではその認識、応用ともにはるかに出遅れています。そこに意味があるようには思えないのですが。
ワイン生産量は幹の感染症のために減少する可能性は?
私の見解ではその答えはバランスであり、この10年から15年が山だということです。まずこの問題は広く認識してもらうことが不可欠であり、主幹の差し替えや剪定した切り口の保護といった方法がもっと広く受け入れられる必要があります。幸運なことに国際ぶどう・ぶどう酒機構(OIV)がこの幹の感染症に興味を示しているため、世界に認識と制御が広がることになるでしょう。この問題は最近フランス議会でも取り上げられ、19世紀末のフィロキセラの悲劇と関連付けられました(フランス語の報告書参照)。フィロキセラの問題は感染した根系を差し替えることで解決できたので、私は幹の感染症も感染した主幹を差し替えることで解決できると信じています。
しかし、誰もが口を閉ざしている大きな問題は、育苗商によって幹の感染症の症状のある苗の生産が継続的に行われていることです。彼らは今や火を見るより明らかなこの問題を乗り越えるための経営戦略を全く持っていないように感じます。
(原文)