この記事のショート・バージョンはフィナンシャル・タイムズに掲載されている。
リオハで最も尊敬を集める生産者の一つ、アルタディは最近、リオハを名乗るのをやめると宣言した。このように世に広く知らしめる手段を取ったのはアルタディがワインを統制する組織であるコンセホ・レグラドールの規制が厳しすぎると考えたため(ヨーロッパのアペラシオンに対してよくある批判である)ではなく、コンセホの運営方法に抗議を表明するためだ。
アルタディを経営するホアン・カルロス・ロペス・ド・ラカーレ(Juan Carlos López de Lacalle)の息子カルロスはリオハという名称にはもはや価値がないと考えている。彼はリオハのアペラシオンが世界で2番目に大きい点を指摘する。マドリッドの南に広がるドン・キホーテの平原、ラ・マンチャだけがリオハと呼ばれるワイン作りを許された地域より広い地域をカバーしているのである。彼はまた、安価なリオハに注目が集まっていると見ており、その点について強い懸念を抱いている。例えばイギリスの大手のスーパーマーケットでは今、様々なリオハが1本5ポンドで販売されている。これは特定の畑から手摘みで作られる、今やただの「スペインワイン」として販売されているアルタディと対極に位置している。
ロペス・ド・ラカーレと、彼ほど大きな声を上げないにしても品質に注力する多くの生産者たちは、品質の違いを認識してワイン産地を運営している人々、理想的にはフランスやドイツ、イタリアで受け入れられている単一畑の格付けのようにテロワールに基づいたアプローチを好ましいと考えている。
例えばボルドーはリオハよりも広大な地域に広がるが、立場の異なる60ほどのアペラシオンに細分化されている。消費者は、ポヤックのように村の名前がラベルに書かれているワインがポヤックの位置する地域であるメドックと書かれているワインよりも優れており、メドックと書かれているワインは単にボルドーと書かれているワインより優れているとわかる。一方リオハでは最高品質のものもスーパーの特売で売られるも最も安いものも同じアペラシオンを使っているのである。
去年の11月に尊敬を集めるスペインの生産者、テルモ・ロドリゲスがマドリッドに仲間を集めてスペインワイン業界の現状を協議し、先月150名もの第一線のプロ(しかもスペイン国内だけではない)が署名した「テロワールを守るマニフェスト(a manifesto in defence of terroir)」を提出した。spanishwinelover.com で公開されている英語版によると、署名者たちは「高収量・低価格戦略」と断固として戦う立場を取るとある。
彼らが求めるのは他のヨーロッパの地域で一般的な品質に基づいた公的なピラミッドで、最も基本的なワインは例えばリオハとし、そこから更に村や畑による上級な位置づけを整えるということだ。以前から示唆されていたアルタディの離反に対し、リオハ・コンセホの反応が懐柔的だったとはとても言えない。彼らは公式の反論として「利己主義的な集団が潜在的な分裂を助長し、扇動的な中傷を促すように意図された発言を強調することにつながる」と警告している。同文書の中でコンセホは地理的に特異な「原産地に基づいたユニークなワインの評価」を検討中だと主張している。
だが増え続ける野心的なスペインワインの生産者にとって、変化の速度はとにかく遅すぎるようで、公的なアペラシオンを放棄したのはアルタディだけではない。おそらく最も有名なのはラベントス・イ・ブラン(Raventós i Blanc;写真上と下)のペペ・ラベントスだろう。彼はカヴァの大衆化にうんざりし、今では非常に優れたスパークリング・ワインをスペイン北東部、カヴァの産地の中心で作っているが、新しく非常に小さなアペラシオンとしてカヴァよりもはるかに厳しい生産規律が課せられるコンカ・デル・リウ・アノイア(Conca del Riu Anoia)を設立することに成功した。
最近私がシャンパーニュを訪問した際、世界中の生産者からその総合的な成功をうらやましがられてきたこの地でも、ラベントス・イ・ブランの名前が挙がっていた。シャンパーニュにも不満はあるのだ。アイにある小さな家族経営のピノ・ノワール専門家、クロード・ジローは、シャンパーニュもまた大きすぎるアペラシオンなのではないかと疑問を口にする。「シャンパーニュは多くの惰性で動いています。私たちはどこへ向かっているのでしょう?2030年にはシャンパーニュはどうなっているのでしょうか。」
ジローはある意味工作員でもある。最近のプロセッコの成功やカヴァの大量生産などを痛感している他のシャンパーニュ人たちよりはるかに頻繁に、彼はフランスではただの「スパークリング」として知られているカテゴリーのワインの質の高さに言及する。彼は優れた生産者、カタルーニャのラベントス・イ・ブラン、フランチャコルタのカ・デル・ボスコ(Ca’del Bosco)、ロワールのドメーヌ・ド・ラ・タイユ・オー・ルー(Domaine de la Taille aux Loups)のジャッキー・ブロット(Jacky Blot)、サセックスのガスボーン(Gusbourne)などについて90分ビデオまで作成したのである。そのビデオの反逆的な名前は「謙虚の軌跡(The Path of Humility)」だ。
彼は「シャンパーニュの生産者たちは世界の市場で活躍中」というビジュアル・リマインダーを意図的に昨年10月のシャンパーニュ・デイに発表することにしたのだが、そこに招待したフランスのワイン・ライター全員が直前になってキャンセルしてきたと述べた。彼はリオハのコンセホ・レグラドールに匹敵するシャンパーニュからの圧力がかかったのではと疑っている。「僕の映像をみんな見たはずなのに誰も何も言わないんです」彼は私に言った。
私はシャンパーニュ人たちが次第に自信を増していくイギリスのスパークリング業界についてどう思っているのか知りたいと強く思っていた。明らかに初となるシャンパーニュ・ハウスによるイギリスへの大規模な投資はテタンジェが69ヘクタールの畑を昨年12月ケントで獲得したというニュースだが、シャンパーニュでは大々的に取り上げられなかった。おそらく地元民は単にピエール・エマニュエル・テタンジェの(Pierre-Emmanuel Taittinger)の奇癖の表れとしかとらえていないのだろう。
だがイギリスの泡に関する二つの話題は広く取り上げられている。私が昨年ここで取り上げた、シャンパーニュとのブラインド比較の驚くべき結果と、カリスマ・シェフであるゴードン・ラムゼイが大々的に宣伝しているボルドーにある新しいレストランで提供するためイギリスのスパークリングを輸入しているという事実だ。
公的機関の方針に苛ついている世界中の多くのワイン生産者は、もしかしたらつい先ごろアメリカン・アソシエーション・オブ・ワイン・エコノミストが発表した調査結果に少し溜飲が下がるかもしれない。エコノミストの試算によると、正直私自身も非常に驚いたのだが、公的機関が生産者に義務付けている広告費の負担(ボルドーの場合、普通のボルドーの5.65ユーロ/ヘクタールからポヤックの12.43ユーロ/ヘクタールまでばらつきがある)は実際に意味があるというのだ。ヨーロッパ7か国でボルドーのイメージを聞きとったところ、「肯定的な(ボルドー・ブランドの)アンブレラ効果には有意な波及が認められ、5%から15%の好意的な品質評価が付加されている」そうだ。
負担の甲斐はあっただろうか?
美味しい異分子
Artadi, Viña El Pisón
Telmo Rodriguez, Altos Lanzaga
Raventós i Blanc, Textures de Pedra
Henri Giraud, Fut de Chêne
これらのワインの評価は124,000以上のテイスティング・ノートを参照のこと(アンリ・ジローのワインは間もなく公開予定)。
(原文)