ARTICLEワイン記事和訳 本記事は著者であるジャンシス・ロビンソンMWから承諾を得て、
Jancisrobinson.com 掲載の無料記事を翻訳したものです。

178.jpgこの記事のショート・バージョンはフィナンシャル・タイムズにも掲載されている。

写真のダイニング・テーブルで、我々はボルドーのワイン業界における30の名士と共に最高に美しい67年が経過したソーテルヌを飲んでいる。シャトー・ドワジー・デーヌの所有者であるピエール・デュブルデュー(Pierre Dubourdieu)は1923年生まれだが、立ち上がり黄金の液体の入ったグラスを掲げ、こう言った。「1949年、私は二つの素晴らしい収穫に恵まれました。このワインと、息子のドゥニです。彼が私により多くの満足を与えてくれたのです」

世界で最も有名なワインを生産する研究者でありワイン・コンサルタントとして活動する彼の息子の憂いを帯びた微笑みはここのところ彼が勇敢にも立ち向かっている病のことを考えるとことさら心を打つものだった。それはドゥニ・デュブルデュー(Denis Dubourdieu)がデカンター・マガジンのマン・オブ・ザ・イヤーを受賞した祝賀ランチの席でのことで、ドゥニがその生涯を通じて広く知られてきた美しいグラーヴにある、シャトー・オー・バイィで開催されたものだった。彼の一家は1794年以来ヴィニュロンで、彼は妻のフローレンスの一族が所有していたシャトー・レイノンで40年前に彼女と結婚して以来暮らしてきた。その年月はアペラシオンが何度も変わるほど長いものだ。現在はその魅力的な辛口の白が単なるボルドーであり、過小評価を受けている赤はカディヤック・コート・ド・ボルドーとなっている。

ランチでの10種のワインはすべてゲストが持参したもので、彼らはドゥニ・デュブルデューのコンサルタント業における多くのクライアントの一部ともいえる。中にはプルミエ・グランクリュ・クラッセのシャトー・シュヴァル・ブラン(ランチの前にテラスで撮影された下の写真でカメラに向かっているひげを生やした人物がそのピエール・リュルトンだ)やスーパー・セカンドと言われるピション・ラランドなどもあった。だが最も印象的なワインはドゥニ自身が作った辛口の白で、クロ・フロリデーヌ(Clos Floridène)だった。これは彼とフローレンスがグラーヴの未開の地で一から作り上げた土地で育てたもので、その2010は今尚はつらつと生命感にあふれていた。

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シャトー・オー・バイィとシュヴァル・ブランの1998はドゥニが公式に一流の赤ワイン・コンサルタントとして認識されるようになった年を祝うもので、彼が初めてボルドー大学で職を得てからおよそ四半世紀が過ぎてのことだった。この広く尊敬を集める研究者がカベルネとメルローの品質を最大限に引き出すためにこれほどの長い時間がかかった理由は単に彼とそのチームが偉大な発見をしたのが白ワインづくりにおいてだったためだ。ソーヴィニヨン・ブランの香り、プレマチュア・オキシデーションの問題、貴腐菌がついたブドウの清澄化、酵母の役割などの研究によって彼はボルドーの白ワインづくりの王と位置づけられるようになったのである。

ヴェロニク・サンダース(Véronique Sanders)はオー・バイィの所有者であるアメリカ人銀行家、ボブ・ウィルマー(Bob Wilmers)のために経営を任されている人物だが、彼女はボルドーの辺鄙な田舎で作られたシャトー・レイノンをニューヨークでテイスティングしてその繊細さとフレッシュさに心を打たれ、はるかに恵まれた彼女のブドウを使ったらドゥニがどんなものを作れるのか興味をそそられたのだと言う。彼を面接したとき、彼が最もやりたいことはオー・バイィの個性あるテロワールを引き出すことだと話した点に彼女は衝撃を受けた。近年そのような発言は誰でもするものだが、これは1998年のことである。彼女の言葉を借りれば当時は「シグネチャー・ワインが流行していた時代です。つまりコサルタントは自分個人の個性をワインに反映したがった時代だったんですよ。」

デュブルデューは間違いなく常に時代の先を行く人物だと言えよう。そのほぼ同時期にポヤックにあるシャトー・バタイエとサンテミリオンにあるトロットヴィエイユのフィリップ・カステジャ(Philippe Castéja)はドゥニをコンサルタント・ワインメーカーにしたいと考えたが、彼がまずは畑を歩いてからだと主張したことに衝撃を受けたことを思い出す。ここでもまた、今ではエノロジストの間ですらマントラのように唱えられる「ワインは畑から」だが、当時はありえないことだったのだ。

デュブルデューは常に自分の方針を崩さない。過熟なワインに関しては早い時期から批判的で、果実がしぼむほど長くブドウを収穫せずに置いておくことを拒否してクライアントを失うことになってもその方針を通した。「レイノンでは絶対にブドウを過熟させることはありません。」彼は昨年シャトー・レイノンの驚くほどフレッシュな1986までさかのぼって提供しながらそう話してくれた。1986年は彼と妻がまだ彼女の一族のワイナリーを立て直している最中である。「私たちは常に、ブドウを食べるためではなくワインを作るために最適だと判断した時期に収穫しているんです。」

「単純なことですよ。メルローのプレマチュア・オキシデーションの原因となる化学物質を同定しましたから。その物質はプルーンのような味がします。そしてそれを好ましいと感じる人もいます。干しブドウのようなブドウを使ってワインを作る人たちはそうです。でも」彼はここでブレタノマイセスのような劣化酵母が過熟して酸の低いワインで増殖しやすく、それは少量であれば一部の人には魅惑的に映ることに触れ、こう付け加えた。「私は自分のワインはクリーンであってほしいんです。ブレット(訳注:ブレタノマイセス)は要りません。」

だが、彼の作るワイン、コンサルタントをしたワインが技術に重点を置いている魂のないワインであるとはけして言えない(彼のチームには広く尊敬を集めるワイン研究者であるヴァレリー・ラヴィーニュ(Valérie Lavigne)やクリストフ・オリヴィエ(Christophe Olivier)が長いこと貢献している)。それらは非常に幅広く異なったスタイルを誇り、それぞれのワインの個性を引き出ししているのだ。これが体現されているのが彼と二人のエノロジストである息子、ファブリス(Fabrice)とジャン・ジャック(Jean-Jacques)が自身の所有する145ヘクタールの畑で作ったワインである。お買い得品であるのはレイノンの赤と辛口白、クロ・フロリデーヌだけではない。ドワジー・デーヌ(影響力の強いリュルトン一族から取得したドワジー・デュブロカ(Doisy-Dubroca)と現在は再統合しているところだ)やソーテルヌのカントグリル(Cantegril)、グラーヴのオウラ(Haura)(赤)やセロン(甘口の白)などもそこに含まれる。

何年もの間彼はその専門知識をワインの世界のいたるところで発揮しており、そこには日本、ギリシャ、南北アフリカですら含まれる。以下のリストを参照してほしい。

オー・バイィでのランチで、ピエール・ュブルデューは彼の息子がまだ少年だった頃すでにテレビよりも本に興味があったことを記憶していると話した。また、ボルドーに拠点を置いているワイン・ライターであるジェーン・アンソンには「ドゥニは育てるのがこの上なく楽しい子供とは言えませんでした。だって間違ったことを全くしない子供でしたから」と語ったそうだ。

壮麗なワインたちは別として、ドゥニ・デュブルデューの粘り強さを表現する最もわかりやすい伝説が比較的新しいISVV(L’Institut des Sciences de la Vigne et du Vin)だろう。これは一流の建物に入る一流の研究設備だが、大学の同僚からの生ぬるい反応にも負けず、彼が今世紀最初の10年ほどその願いを温めて実現したものだ。

彼がレジオン・ドヌール勲章受章の際におこなったスピーチは彼が最も誇る生徒と研究仲間の名の長いリストだった。私がこの才能あふれるワイン界の巨匠が大好きな点はその気さくさである。彼にはボルドーで地位を確立した人に時に見られる横柄さや堅苦しさはみじんもなく、常に助けの手を差し伸べる。最近出版されたオックスフォード・コンパニオン・トゥ・ワインのエノロジー編集者を承諾してくれたほどである。彼の比類ない知識を分け与えようとする確固たる信念の証と言えよう。

デュブルデューの関わった楽しめるワイン
以下は私がテイスティングし特に感銘を受けた、デュブルデュー一族が関わった素晴らしいワインのほんの一部のリストである。これ以外にも数多くの生産者のワインがドゥニとそのチームのアドバイスの恩恵を受けている。レビューはテイスティング・ノートを検索するとみることができる。

Ch Cantegril, Sauternes 2015, 2014, 2012, 2010
Clos Floridène, Graves dry white 2015, 2014, 2012, 2011, 2010, 2009, 2008, 2007
Ch Doisy-Daëne, Sauternes 2015, 2011, 2009, 2007, 2005, 2001, 1996
Ch Doisy-Daëne, L’Extravagant, Sauternes 2014, 2010, 2006
Ch Haura, Cérons sweet white 2007, 2006, 2005, 2004
Ch Haura, Graves red 2008, 2007, 2004
Ch Reynon, Bordeaux dry white 2015, 2014
Ch Reynon, Cadillac Côtes de Bordeaux red 2010, 2005, 2004, 2003, 2002, 2001

デュブルデューのクライアント

ボルドー
Pavillon blanc du Ch Margaux
Numéro 1 de Dourthe blanc et rouge, Compagnie des Vins de Bordeaux et de la Gironde (CVBG)

ソーテルヌ
Ch d’Yquem , 1er cru supérieur classé en 1855
Ch Lafaurie-Peyraguey, 1er cru classé en 1855
Ch de Malle, 2ème cru classé en 1855

オー・メドック
Ch La Lagune, 3eme Cru Classé en 1855

マルゴー
Ch Giscours, 3ème cru classé en 1855
Ch du Tertre, 5ème cru classé en 1855

サン・ジュリアン
Ch du Glana, cru bourgeois

ポヤック
Ch Pichon Longueville Comtesse de Lalande, 2ème cru classé en 1855
Ch Batailley, 5ème cru classé en 1855
Ch Lynch Moussas, 5ème cru classé en 1855

サンテステフ
Ch de Pez, cru bourgeois
Ch Beau-Site, cru bourgeois

メドック
Ch Reysson

ペサック・レオニャン
Ch Haut-Bailly, cru classé de Graves
Ch La Tour Martillac, cru classé de Graves
Ch Carbonnieux, cru classé de Graves
Ch Olivier, cru classé de Graves
Ch Couhins Lurton, cru classé de Graves
Ch Couhins, cru classé de Graves
Ch La Louvière blanc
Ch Rochemorin blanc
Ch Cruzeau blanc
Ch Ferran
Ch Baret
Ch Picque Caillou

ポムロール
Dom de L’Eglise
Ch La Croix Ducasse

サンテミリオン
Ch Cheval Blanc, 1er grand cru classé
Ch Trottevieille, 1er grand cru classé
Ch Yon Figeac, grand cru classé
Ch Coutet, grand cru

ジェール
Producteurs de Saint-Mont

ブルゴーニュ
Maison Louis Jadot
Dom de la Poulette à Nuits Saint Georges

ローヌ
Paul Jaboulet Ainé (La Chapelle, Thalabert, Roure…)
Cave de Tain l’Hermitage
Dom du Baron d’Escalin

プロヴァンス
Ch Romanin (Baux de Provence)
Doms Ott (Côtes de Provence et Bandol)

ラングドク
Cave des Sieurs d’Arques (Limoux)

ヴァレ・ド・ラ・ロワール
Dom de Bellerive (Quart de Chaume)
Ch de Tracy (Pouilly-Fumé)

イタリア
Giani Zonin Vineyards (Friuli, Chianti, Maremma, Sicilia, Puglia)
Lungarotti (Umbria)
Pio Cesare (Piemonte)
Donatella Cinelli Colombini et Casato Prime Donne Montalcino (Toscana)
Angelini (Brunello de Montalcino, Montepulciano)
Feudi di San Gregorio (Campania)

スペイン
Julian Chivite (Navarre)
Marques de Vargas (Galicia, Ribera del Duero)

ポルトガル
Quinta da Aveleda (Vinho Verde)
Ramos Pinto (Douro)

ギリシャ
Gerovassiliou (Halkidiki)
Biblio Chora

エジプト
Egyptian International Beverage Company

南アフリカ
4G Wines (Cape Town)

日本
Shizen, Koshu, Mont Fuji

モロッコ
Roslane Wine and Spirits

(原文)