ARTICLEワイン記事和訳 本記事は著者であるジャンシス・ロビンソンMWから承諾を得て、
Jancisrobinson.com 掲載の無料記事を翻訳したものです。

192-1.jpgこの記事のやや短いバージョンはフィナンシャル・タイムズにも掲載されている。

今月初旬のある朝、ウェールズにあるアベリストウィス大学のひげ面の教授は58人のマスター・オブ・ワイン、マスター・オブ・ワイン研修生、そしてワイン愛好家お気に入りの概念を一刀両断に粉砕した。

地質学者であるアレックス・モルトマン(Alex Maltman)が理路整然とわかりやすく力説する通り、畑の地下にあるものとそこから生み出されるワインの味わいには一切の関連はあり得ない。たとえ長きにわたり土壌の種類が神聖なテロワールという概念の基礎の一つとされてきて、現在ブドウ栽培者の間で盛んにおこなわれている、畑に穴を掘り、その下にどんな岩石が横たわっているか明らかにしようとしている事実があるとしてもだ(写真はマケドニア共和国の南にあるバロヴォ(Barovo)でのものだが、このような穴は世界中で掘られている)。ワインの表現で最近有用なのが畑の地質に触れることであり、最も多いのがワインの「ミネラル」感についてだ。このMで始まる単語はメディアやマーケッターによってワインに対する好意的な表現として広く用いられてきた(下の酵母の広告のとおり:訳注;「スペインで単離された、複雑さとミネラルを赤ワインに与える酵母」)。モルトマンが我々に語ったところによるとこの単語は他の業界、たとえばマリファナの表現にも使われるようになっているそうだ(彼の息子はオランダ在住だ)。

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ミネラル、あるいはミネラリティという言葉はフルーツでも、野菜でも、スパイスでもオークでもなく、濡れた石のような、火打石を打った時のような、ガスっぽいほのかな香りを感じた時に使うのだが、この言葉がワインを語る際やワインの記事に使われるようになったのはここ10年ぐらいのことだろう。私が2006年に出版したオックスフォード・コンパニオン・トゥ・ワインの第3版を編集した際にはミネラリティという表現は一切出てこなかったが、昨年第4版を出版した際にはあまりに広く普及していたため無視することはできなかった。たとえその定義が曖昧だったとしても。

モルトマンが書籍やブログからの抜粋で示してくれた通り、多くの尊敬を集めるワイン・ライターや生産者が、ブドウの根は非常に深くまで入り込みその下にある岩石からミネラルを吸い上げ、それがブドウの果汁にまで運ばれ、ワインの中にも存在するという神話を提唱している。「お楽しみを台無しにして申し訳ない」彼はいたずらっぽく述べたが、どちらかというとこの特殊な合言葉を打ち砕くことを楽しんでいるように見えた。

彼が説明する通り、この混乱はあいまいな専門用語が引き起こしたことだ。ミネラル分、あるいは養分とはリンやカリウムなどブドウの栄養として欠かせない要素のことだが、一方で地質学的なミネラルは複雑で、ほとんど不溶性の石英のような物質だ。この混乱はワインの中にわずかながらも14種類の溶解したミネラル分が含まれるという事実によってその混乱の度合いを増すことになった。これらのミネラル分は根が水だけを探して深く伸びていった先の岩から吸い上げたものではなく、ブドウが利用することのできる、畑の表面にある土壌や腐植土から吸い上げたものである。

たとえ地下の岩盤がある種のミネラルに富んでいたとしても、そしてそれがたまたま14種のミネラルの一つだったとしても、それらのミネラルを全てブドウが吸収できることにはならない。彼は例としてカリフォルニアのワイン産地であるローダイを挙げた。そこはカリウム(14種のひとつ)が豊かだが、生物学的に利用可能なものはその2%にも満たない。さらに、植物は選択的で、自分が必要としている養分しか吸収しないため、ブドウ果汁の組成は土壌のそれとは大きく異なるはずだ。いずれにしても、彼が示したのはこれらのミネラル分はごく少量であるため、それを味覚として感じることはまず不可能であるという点だ。

彼はさらにロワールのソーヴィニヨン・ブランに我々がしばしば使う火打石という表現についても嘲笑った。「ではここにいる皆さんの中で、どなたがそんなアンティークな火器の専門家なんですか?」そう言って彼は火打石はシリカであり、不活性かつ全くの不溶性であるからまず揮発することもないし、それを打った時以外香りを発することもないと続けた。そんなことは地中では起こりえないではないかと。さらに、肥料や醸造工程によってこれらの自然の土壌がワインの性質に与える影響は完全に上書きされてしまうはずだと付け加えた。

言うまでもなく、彼は現在多くのワインボトルが有名な土壌の名前(下記参照)を掲げていることに明らかに困惑している。「ミネラルや地質が重要でないと言っているわけではないのです。ただ、それを直接味わうことはできないと言っているのです。」彼は繰り返し述べたが、一方で「科学が何かを見逃すことももちろんあります」とも認めた。

これは本当に興味をそそられる点だ。我々のように年間何千ものワインをテイスティングしている人間は特定の土壌から生み出されたワインに感じられる味わいに共通する点があるのを知っているからだ。特にシストは、強さがさまざまではあるが生き生きとしたフレッシュさを与えるように思える。砂質土壌から生まれたワインは粘土質が多い畑から生まれたものより柔らかくテクスチャーが緩いように感じられる。そしてマグマに彩られたエトナの畑から生みだされるワインに感じる暖かなざらつきも然りだ。

だが、もしかしたら自分自身を偽っているのだろうか?モルトマンはもしかしたらこれまで行ったことのない完全な三重盲検のテイスティングで証明されれば、我々の推測を受け入れてくれるかもしれない。

一方で感覚科学者はワインのテイスターがミネラリティと表現するものが何かを突き止めようとしている。ニュージーランドにあるリンカーン大学のウェンディ・パー(Wendy Parr)博士とディジョン大学に籍を置くカタルーニャ人、ジョルディ・バレステル(Jordi Ballester)博士はボルドーの仲間と共にこの難題を解き明かすべく、複雑な一連のテイスティング(白ワインのみ)を計画した。テイスターたちがミネラリティと呼ぶものはこれまでにも推測されていたようにワインの還元、いわゆる「マッチを擦ったときの香り訳文)」と関連するのだろうか?あるいは比較的高い酸なのか?はたまた強い果実や品種の特性が現れていないことなのだろうか?

ご想像のとおり、彼らの最大限の努力にもかかわらず明確な答えを得ることはできなかった(想像するに、ワインの複雑さや品質を特定する試みに明快な答えがないのと同じことだろう)。しかしパー博士によると、テイスターが様々なワインに感じるミネラリティの程度を表した数値には十分な一貫性があったそうで、被験者グループが期待するものによって左右される概念的なものではなく、ワインの中に何らかの物質が存在する可能性も十分だという。

では、曖昧ながらも知覚できるこの特徴は土壌や岩石の種類でないとすればどこに由来するのだろう?科学者の中に個々の畑の土中や空気中にいる細菌や真菌、その土地の酵母の種類である可能性を挙げる者もいる。カリフォルニアのある研究ではある畑の微生物とワインの間に直接的な関係を見出した。しかし、多くのワインには畑やワイナリーに自然に存在する酵母ではなく、専門企業が販売する培養酵母が使われているのである。

ブドウ栽培者であるリチャード・スマート博士はマスター・オブ・ワインを教育するためこの件の発端に深くかかわっている人物だが、ミネラリティは「広く使われるようになってしまった造語」だと述べている。彼はボルドーの栽培者であるキー・ヴァン・リーウェン(Kees van Leeuwen)教授がワインの味わいに最も重要なミネラル分は窒素であり、岩石に含まれるものではないと述べた点を指摘する。「その単語はワインの楽しみを増すものですか?」彼はやや大げさな様子でそう述べて、使うのを止めるように言った。

ウェンディ・パーにとってはこのカヌート王の提案は遅すぎたようだ。「この単語は広く使われていて、もはや無視することはできない。もし総意が得られない単語すべてを避けなくてはならないのなら、言語は不毛となる。」

土壌の名前を掲げるワインたち(訳注;土壌の名前に該当する単語に色を付けています)

13th Street: Sandstone Vineyard Reserve Chardonnay, Ontario, Canada
Bindi: Quartz Chardonnay, Macedon Ranges, Australia
Cave de Tain: Esprit de Granit, St-Joseph, Rhône
Chamonix: Greywacke Pinotage, Franschhoek, South Africa
Michel Chapoutier: Les Granits, St-Joseph, Rhône
Le Clos de Caillou: Les Quartz, Châteauneuf-du-Pape
Crystallum: Clay Shales Chardonnay, Walker Bay, South Africa
Dom de l’Écu: Granite, Gneiss and Orthogneiss, Muscadet, Loire
Glen Carlou: Quartz Stone Chardonnay, Paarl, South Africa
Patrick Javillier: Cuvée Oligocène Bourgogne Blanc, Burgundy
Dr Loosen: Blue and Red Slate Riesling, Mosel, Germany
Mullineux: Schist, Granite and Quartz Chenin Blanc, and Schist, Granite and Iron Syrah, Swartland, South Africa
Dom Vincent Paris: Granit 30 and 60, Cornas, Rhône
Luis Seabra: Xisto Cru, Douro, and Granito Cru, Vinho Verde, Portugal
Torzi Matthews: Schist Rock Shiraz, Eden Valley, Australia
Vine Revival: Terre de Gneiss, Muscadet, Loire

原文