ARTICLEワイン記事和訳 本記事は著者であるジャンシス・ロビンソンMWから承諾を得て、
Jancisrobinson.com 掲載の無料記事を翻訳したものです。

216.jpgこの記事のショート・バージョンはフィナンシャル・タイムズにも掲載されている。約500本のテイスティング・ノートを含むthis guide to our coverage of Bordeaux 2016 も参照のこと。

サンテステフ2級格付であるコス・デストゥルネルの技術責任者、ドミニク・アランゴワ(Dominique Arangoits)は今月初めにとりわけフレッシュな2016を紹介する際、かなり動揺しているように見えた。「一世代も経ないうちに我々はワインを育てる新しい方法を学ばなくてはなりませんでした。」彼は言う。「気候変動のおかげで我々の敵は今、以前とは全く違うものになったからです。」

彼らはかつて、毎年夏の早い時期に畑に行き、葉を取り除いて発酵に使われる糖の蓄積に貢献する日光をブドウにより多く当てるための作業を行っていたものだ。だが現在日光は敵でもあり味方でもある。ブドウ、特に西側の列にあるものは午後の非常に厳しい日差しのために焼けてしまうこともあるためだ。「2016年は6月にその危険が現実になってしまいました。除葉しすぎてしまったんです。こういうことはこれまであまりなかったことです。」

今と違って少し前まではボルドーでブドウを育てるということはブドウの成熟を最大限に引き出すことに心血を注ぐことだった。生産者は作物を夏の間に間引きをして収量を下げ、より凝縮してアルコールの高いワインを作るように努めてきた。ところがコスでは、劇的な例としてあの力強い2009を取り上げると、ある一線を越えてしまったのだ。「アルコール度数が15%のワインの時代は終わったと思っています。」アランゴワの同僚で販売責任者であるエメリック・ド・ジロンド(Aymeric de Gironde)は「消費者はもっとすっきりしたものを求めているんです。」と述べた。

そのためコスでは現在意図的に収量を増やして成熟を遅らせ、畑にあるものを誇張するのではなくバランスをとることに重点を置くようになった。平均収量が 45 hl/ha というのがコスでの理想だ。私ができたての2016を試飲するためボルドーにいた時、生産者たちがその収量の低さを誇る前年の話は誰もしていなかった。2016が質、量ともに満たされた年になりそうだという点で誰もが幸せそうに見えた。

結果的にワインは全体的に爽やかかつ軽やかで緻密だった。その傾向は特に1級格付けのラトゥールとムートンでは顕著だ(ラフィットはけして濃度での駆け引きをしない)。一方アランゴワとド・ジロンドはこれら全てが新たな領域と言えるのだと話した。例えばコスではアルコールが控えめな2016の13.07%よりも低いアルコール度数のサンプルもあるのだが、それらは現在ボルドーのワインメーカーが使いこなす、一握りの専門技術と洗練されたハードウェアによって生み出される。そのためその結果は大きく異なってくるというのだ。「正直2016がこの後どのように出来上がってくるのかわからないんです。これまでのコスになかったことですから。」アランゴワは述べた。

それをとりまくワインの世界同様、ボルドーも大きな流れの中にあるため、テイスティングは刺激的であるとともに予測がつかないものになっている。ラトゥールがフィネスを表現する?ムートンに透明感と力強さが?あのオーブリオンの誇る赤ワインが口の中で良い意味で仔馬のように跳ね回る?そんなことをかつて誰が想像しただろうか。

シャトー・12馬力・ラトゥールほどの伝統的な作り手が有機栽培を行うと誰が考えただろう?マルゴーの最も恵まれた場所にあるシャトー・パルメに至っては2016年からビオデナミへの転向をしている。トーマス・デュロー(Thomas Duroux)はかろうじて春のべと病の被害をかわした。

だが2016は気象学的見地からするとある意味奇跡の年だった。アランゴワが自ら話したところによると「8月の終わりの時点で楽観的ではありませんでした」ド・ジロンドも悲し気に付け加えた。「それは過小評価でした。」先週の記事和訳)でも説明したように、生育期は6月後半から9月まで続いた夏の干ばつのために事実上停止ししており、十分なブドウの成熟にはかつてないほど時間がかかった。

サンジュリアンにあるデュクリュ・ボーカイユでブルーノ・ボリー(Bruno Borie)が話したように、開花から収穫まで通常100日のところ125日を要した。彼の2016が風変わりなほど甘かったのを見ると、必要以上にブドウの成熟を待ってしまったのではないかと思われた。

ボルドー市郊外にあるペサックのシャトー・オーブリオンでは、収穫期がこれまでになく長かった。最初の白ブドウを収穫した9月1日から 最も樹齢の高いカベルネを収穫した10月14日まで続いたのだ(彼らが右岸に所有するシャトー・カンテュスでは10月20日までかかった)。しかし醸造責任者のジャン・フィリップ・デルマス(Jean-Philippe Delmas)は酸を高いまま、アルコールを比較的低く保ってくれた涼しい夜に感謝している。彼はまた2016の生育期は雨の多い冬と非常に乾燥した夏という意味でナパ・ヴァレーのそれに似ているとも話した。

サンジュリアンにあるレオヴィル・ポワフィレのディディエ・キュヴィリエ(Didier Cuvelier)はもう一つの冷却効果、北西からの風についても触れた。この風は非常に強いため、ボルドーのワイン業界の夏のリゾート地アルカッションで8月の早い時期に大西洋に向かうのは勇敢なものだけだと言われている。この風がブドウを腐敗から守ってくれたため、生産者たちはタンニンが十分に成熟する10月まで待つことができたのだ。

ムートンのワインメーカー、フィリップ・ダリュアン(Philippe Dhalluin)は、彼らの誇る最も樹齢の高いカベルネ・ソーヴィニョンは記録的な夏の干ばつにもどこ吹く風で、通常の成熟サイクルをたどったようだと語った。

2016の最も印象的な点はと言えば、発酵中のマストがどれほど素晴らしい芳香を放っていたかという点だ。実際500以上のサンプルをテイスティングして、私はそれらのかぐわしさに心を打たれた。その多くの香りには黒コショウ、赤いピメント・パウダー、ブラックベリー・コンポート、すみれの香りが感じられる。ペサック・レオニャンでシャトー・オーバイィを経営するヴェロニク・サンダルス(Véronique Sanders)は毎年自身のヴィンテージ・レポートを記録するノートの色を変えているが、2016用のノートはすみれ色だった。

一つ明白だったことがある。2016の最高のものは非常に良く、称賛を集める2015よりタンニンが強くすっきりしているのだが、ばらつきが大きい。早く収穫しすぎたと思われるワインには未熟なフェノリックが目立つものもあったし、このようにタンニンの強いヴィンテージには不要な抽出を過剰に行いすぎているものもあった。

ボルドーでテイスティングした若々しいワインの中で最もドラマティックに感じたのはジャン・ユベール・ドゥロン(Jean-Hubert Delon)のサンジュリアンにある葉巻の香るサロンで飲んだものだった。ドゥロンはそのワインの最盛期には生きていないだろうと述べたが、自分のワインが進化の過程で完全に閉じてしまうと予測したのは彼だけだった。レオヴィル・ラスカースと事実上そのすべての関連ワインは、その北部メドックにある前哨基地のセカンド・ワインであるシャペル・ド・ポタンサック(Chapelle de Potensac)も含めて鮮やかかつチャーミングだった。

多くのマイナーだが素晴らしいワインまで考慮すると今年は品質と予測される価格の相関性は通常よりも低いと考えられる(しかもこれを書いている時点で私はまだお買い得品を探す絶好の土地であり比較的無名なメドックをテイスティングしていない)。残念ながら、これらのプリムールのテイスティングはほとんどのワインが瓶詰めされるおよそ1年前という馬鹿々々しいほどに早い時期に行われるため、もちろん飲みごろというにはほど遠い。それらが将来販売されるであろう価格はこのあと生産者たちがお互いの出方を伺う駆け引きの週が来れば少しずつ漏れ聞こえてくることになるだろう。

比較的お買い得品を紹介する下記のリストについて、2016のユーロでのリリース価格は2015と似たようなものとなると想像しているが、ボルドー人は想定外の高い値付けを行うと言う意味でも有名である。唯一明確なこと、それは2016プリムールはポンドが通貨である私のような国民には苦しい環境であると言うことだ。

可能性のある2016左岸のお買い得品

これらのお薦めはおそらくその寿命が大きく異なると思われる。格付シャトーほど長命なものはほとんどないだろうが、中期的に見れば心地よく楽しんで飲むことができるワインだ。

括弧内の価格は別途記載がない限りwine-searcher.comによる2015の世界の平均的な税抜き価格だ。多くのワイン、おそらくはほとんどが出荷可能になるまでリリースされないと思われるが、現在の早い段階でも十分称賛に価する品質だと考える。

グラーヴ

Roquetaillade Lagrange (£10, 2014), St-Robert, Poncet Deville (£11, 2011)

オー・メドック

Arcins (£16), Beaumont (£11), Charmail (£14), Citran (£12), Cissac (£20), Clément-Pichon (£15), Coufran (£12), de Gironville (£9), Lamothe-Bergeron (£12), Lanessan (£13), Larrivaux (£10), Malescasse (£13), Reysson (£16), La Tour Carnet (£23), Verdignan (£19)

リストラック

Liouner (£11, 2012)

メドック

La Cardonne (£20, 2012), La Chandellière (£7, 2014), Chapelle de Potensac (£24), Fontis (£12 2011), Goulée (£22, 2014), Taffard de Blaignan (£14, 2013), Le Temple (£9, 2014), Vieux Maurac (£6, 2013)

マルゴー

Deyrem Valentin (£16)

ムーリ

Branas Grand Poujeaux (£21), Dutruch Grand Poujeaux (£13), Mauvesin Barton (£11)

ポヤック

Plantey (£12)

ペサック・レオニャン

La Garde (£17), Le Pape (£21)

サンテステフ

Le Boscq (£19), Capbern (£15), Clauzet (£14), Le Crock (£17), Meyney (£23), Ormes de Pez (£22), Pez (£22), Sérilhan (£13), Tour de Pez (£13), Tronquoy Lalande (£19, 2014)

サンジュリアン

Glana (£17), Lalande Borie (£19), Moulin Riche (£19), Les Ormes

(原文)