ARTICLEワイン記事和訳 本記事は著者であるジャンシス・ロビンソンMWから承諾を得て、
Jancisrobinson.com 掲載の無料記事を翻訳したものです。

218.jpgこの記事の別バージョンはフィナンシャル・タイムズにも掲載されている。

その価格からは想像できないかもしれないが、有名ワインの生産者のほとんどが問題を抱えている。

彼らの生み出す自慢のボトルは今や贅沢品の領域であり、間違いなく投資家のターゲットとなっている(偽造品作成者の、という意味もあるがそれはまた別の話だ)。生産者たちが抱える問題とは、彼らのワインを取引に使うのではなく実際に飲もうとする人々を見つけ、満足させることだ。

これはワインメーカーが緻密な計算のもと高品質なワインを作り続けるよう促すという意味だけでなく、高級ワインの流通ルートに重くのしかかる中間業者を省くという意味でも望ましいことと言える。高級ボルドーやブルゴーニュの蔵出し価格が最近急激に上昇した主な理由は、流通ルートに乗っている間にどれだけの人間が自分たちのワインを売ることで儲けているかを生産者たちが見てきたからだ。いわば生産者たちの逆襲である。

LVMHが最近立ち上げたクロ19(Clos19)は彼らの最高級シャンパーニュ、ワイン、スピリッツを直接消費者に販売するウェブサイトであり、まさにこの流れを体現している。もっともこれはファッション業界で同様なモデルを担うNet-à-Porter に何年も遅れてのことだ。

このウェブサイトはLVMHの創設者ベルナール・アルノー(Bernard Arnault)の姪でイギリスに拠点を置くステファニー(Stéphanie)がコンセプトを設定し、ドン・ペリニヨン、シャトー・ディケム、アードベッグ、ヘネシーなどのメジャーな商品だけでなく、私自身が最も嫌いな単語を2つ以上含む「ブランド・アンバサダーやセラー・マスターとの親密なテイスティングから一生に一度と言える冒険によるものまで、数々の経験から独占的に収集した特別セレクション」も手掛ける。この一生に一度しかない冒険というのは明らかに沈没したタイタニックを潜水艦で見に行くというものである。色々と順調なようだ。

そしてクロ19という名前だ。どうやら「比喩的にクロのアイコン的側面を称賛するもの。クロは門であり、人々をLVMHグループのシャンパーニュ、ワイン、スピリッツの世界に迎えるという比喩。19は19世紀のアール・ド・ヴィーヴル、すなわちシャンパーニュ、ワイン、スピリッツの民主化へのオマージュ」ということらしい。

24時間以内の配達を目指し、近い将来は冷蔵便も可能になるようだ。

クロ19はイギリスで立ち上げられたばかりだが、その流通方法を6月にはドイツに、秋にはアメリカまで拡大する予定だ。ただし禁酒法後の厳しい法律が支配するアメリカでのアルコールの流通に対応するためにはLVMHの多くの社員が数年間は多忙な日々を強いられることになるだろう。

もちろん、LVMHが取っている手段だけが最終消費者と密な関係を作り、熱心なファンのコミュニティを作るため、そしてブランド・プロモーションを成し遂げるために行える方法というわけではない。サンテミリオンでトップのシャトー・シュヴァル・ブランはクロ19で入手可能なワインでもあるが、一方でシュヴァル・ブランの名はLVMHが所有する小規模ながらも成長を続ける豪華ホテル(メゾンと呼ばれる)のブランド・ネームでもある。このメゾンの売り口上では民主化はあまり強調されていない。

自社アカウントとしてはLVMHのシャンパーニュ・ハウスであるクリュッグが消費者との直接的なデジタル・コミュニケーションにおいて最前線にある。この威厳に満ちたシャンパーニュ・ハウスと、何よりもオリヴィエ・クリュッグその人がツイッターとフェイスブック・メッセンジャーのヘビー・ユーザーであり、技術的な質問を送れば誰もがワインメーキング・チームから個人的な回答を得ることができる。

アルノーの偉大なライバル、フランソワ・ピノー(François Pinault)は長きにわたり自身のアルテミス・グループの高級ワインと潜在顧客とをつなぐために甚大な努力を重ねてきた。最近改築されたボルドー1級シャトーであるラトゥールの醸造所はワイン生産に関わる施設というよりも高級ホテルのような外観だが、その奥深くにはあでやかで艶やかな、まさにホテルのナイトクラブのような空間がある。ここは希少なヴィンテージの貯蔵庫であり、その構成は特に裕福な訪問者だけが閲覧することができる。

そしてロンドンの金融街にほど近く、ロンドン塔を見下ろすテン・トリニティ・スクエアでは先週、ピノーのチームが空間とワイン・リストを企画した会員制プライベート・クラブがオープンした。グループのワインを紹介し、顧客を喜ばせることのできる環境を提供するためだ。グループの所有するブルゴーニュのドメーヌ・デュージェニー(Domaine d’Eugénie)、北部ローヌのシャトー・グリエ、長きにわたりメーリング・リストの上級顧客のみにカルトのカベルネを直接販売してきたナパ・ヴァレーのアイズリー・ヴィンヤード(Eisele Vineyard)などに加え厳選された有機ワインが名を連ねる。

その他の1級シャトーの所有者やその子供たちも動き始めている。シャトー・オーブリオンのプリンス・ロベール・ド・ルクセンブルク(Prince Robert de Luxembourg)はパリにある瀟洒なミシュラン星付きレストランかつ高級ワインショップであるル・クラランスにことさら力を注いでいる。

シャトー・マルゴーの所有者であるコリーヌ・メンツェロプーロス(Corinne Mentzelopoulos)の娘アレクサンドラはロンドンにワイン・バー、クラレットをオープンした。彼女の母親はそれが娘個人の事業でありマルゴーが主体となっているものではないと強調するのに骨を折っているが、そこでは7種類もの彼女のワインがグラスで飲めるのも事実だ。

クレレットは明らかにボルドーらしくない半木造でリノベーションされたメリルボーンにあるパブだが、せわしないロンドンのダイニング・シーンへ手を伸ばす他のボルドーのシャトー所有者もすぐ近くにいる。ガルディニエ家はサンテステフのフェラン・セギュールを所有する一方パリの有名レストラン、タイユヴァンの所有者でもある。その系列であるレ・110・ド・タイユヴァンは料理に合わせた110種ものワインをグラスで提供し、その支店はロンドンのジョン・ルイスの真裏にある。

ベルナール・マグレ(Bernard Magrez)は彼の一連のシャトーに最近ボルドーで最も称賛されるレストラン、ラ・グランド・メゾンを加えた。これは長くボルドーのレストラン・ビジネスに携わってきたシャトー・パヴィのジェラール・ペレスやランシュ・バージュのカーズ一族を踏襲するものだ。

そして2級シャトーの所有者ミシェル・レィビエ(Michel Reybier)は近頃、メドックにあるシャトー・コス・デストゥルネルの一部を改築してラ・シャルトリューズ(La Chartreuse)とし、スイス、プロヴァンス、パリに所有する豪奢なホテルの仲間入りをさせた。そのウェブサイトが「プライベート・メンバー」の登録を要求しないのであればもう少しその詳細がお知らせできるのだが。

消費者の視点からすると、これらの直接販売構想はたとえ圧倒的な価格の低下がないとしてもその出自を確実にできると言う意味で申し分ない。そして生産者にとっても最終消費者を特定し彼らのメールアドレスを取得することで、より個人的なサービスや経験を提供し、総合的により大きな利益を生み出すことにつながる。

少し毛色の違った動きとしては、ポムロールの有名生産者であるペトリュスのラ・ヴィニコール(La Vinicole)で、ソーホー、ニューヨーク、ロサンゼルスのアーツ・ディストリクト、パリにオープンしている。ここでの目的は億万長者にアピールすることではなく、彼らにワインを売る人間の教育だ。ムエックス家の所有するこの支店はボルドーの多くのワイン商にとって大きな意味を持つ。彼らの意図は、残念ながらボルドーを過去の遺物ととらえがちなソムリエの多い重要なアメリカ市場でボルドーのイメージを再生することだ。

夢のヴィンテージ
以下は高名なワインのお気に入りのヴィンテージでまだ入手可能なものだ。テイスティング・ノートはデータベースに格納されているclos19.com 以外の取扱業者はwine-searcher.comに掲載されている。

●シャンパーニュ
Dom Pérignon 2002
Krug 2002

●ボルドー
Cheval Blanc 1990
Cos d’Estournel 2010
Haut-Brion 2005
Latour 2001
Lynch-Bages 1982
Margaux 2000
Pavie 2010
Petrus 2010
Phelan Ségur 2010
Yquem 2001

●その他フランス
Domaine d’Eugénie Grands Crus 2012
Château-Grillet 2014

●カリフォルニアのカベルネ
Eisele (was Araujo) 2013

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