非凡な科学者であり起業家でワインを視野に入れている人物のプロフィール。この記事の別バージョンはフィナンシャル・タイムズにも掲載されている。
9月に開催される予定だったヴェリ・ヴァン(VeriVin)の取締役会議はメキシコ人のワイン・テイスターでバレーダンサーでもある創業者がブレナム宮殿のサロン・プリヴェで開催されたクラシックカーの審査会に忙しかったため延期しなくてはならなかった。
ヴェリ・ヴァンは科学技術を用いた新規事業で、オックスフォード大学のすぐ外にあり、同大学が部分出資をしている。セシリア・マルドゥーン博士(昨年公開された当サイトのワイン・ライティング・コンペティションにも応募していた)の立案で、ワインを抜栓することなくその由来がわかる識別方法のデータベースを構築することを目的としている。これは非常に高価なワインには欠かせない技術だ。光を使って物質を分析する分光法を用い、彼女はワインの世界から偽物を撲滅し、ワインの品質を特定し管理することや、個々のボトルの状態を監視し、可能であれば欠陥がないか確認できるようにすることを目標にしている。
ヴェリ・ヴァンは彼女が多く持つカードのうちのたった一枚に過ぎない。メキシコに生まれ(クラシックカーの収集家だった父は安全のためそのコレクションのほとんどをアメリカに保管していた)、母親によれば3歳になる前にダンスを始めた。彼女が11歳になるころにはパリ・オペラ座のバレエ学校で1年を過ごすほどの腕前で、その後はサンフランシスコのバレエ学校から補助も受けることとなった。最終的に彼女の父が断固として反対したため、彼女は一般的な教育を受けることにし、今はダンスはすあくまで趣味として踊るだけだ。
ニュー・ハンプシャーの寄宿学校で彼女はマーク・ザッカーバーグとクラスメイトで、その後プリンストンで物理と経済を専攻した。2006年の卒業時にはゴールドマン・サックスから誘われたにも関わらずオックスフォードで物理を学ぶことを選んだ。博士号はスイスの機器会社での仕事の後に取得し、そこで彼女は自分の専攻である量子計算をワインに応用できるかもしれないと考えるようになった。(彼女はWSETの卒業生でもありオックスフォード大学のワイン・サークルの会長でもあり、そのブラインド・テイスティング・チームのキャプテンでもある。もっともなことだが)
彼女の博士号指導者だったアクセル・クーン(Axel Kuhn)教授の勧めもあって、7か国のスタッフから成る、グラスの外からワインを分析するための研究所を開設した。その中に重要なメンターとしてウェインフリート(Waynflete)の化学教授、スティーヴ・デヴィース(Steve Davies)がいる。彼もまたワインを愛するオックスフォードの科学者で(パートタイムで地元のレストランでも働いている)、有名なセラーを所有し、経済的に成功した数多くのプロジェクトの実績を持つ人物だ。ある意味お手本となる人物と言えるだろう。
彼らは最初の数カ月で多くのことを学んだ。まず、ワインは他の液体と比べて分光法でその構成要素を解析するのがはるかに難しい液体だということだ。ワインの大部分が水とエタノールであるため、ワインの同定に非常に重要な微量の複雑な成分を瓶の外側から解析するのは非常に困難だ。また、ガラスが無色透明なものでなかった場合さらに難度が増す。例えばブルゴーニュのほとんどの瓶がそうであるように、ガラスに黄色の成分が含まれていると、スペクトルはそれだけで大混乱する。必然的に彼女の抱えるスタッフの一人はガラス化学者で、そのエドアルド・セシ・ジニステリ博士はワインの瓶にどれほど多くの種類のガラスが使われているのか、まざまざと見せつけられることとなった。(さらに話をややこしくするのが、リサイクル瓶の場合は多くが様々なガラスの混合物であることだ)
それに加え、赤ワインは瓶に入る前でも問題がある。その蛍光性が他のすべての要素をかき消してしまうのだ。「もし赤ワインを試験できるようになれば、どんな液体でもできるようになりますよ」マルドゥーンは オックスフォード・パークウェイ駅から主要な同僚と会うため私を1955年式の緑のTR3で送りながらそう話した(ちょうど納車されたばかりの彼女の次の車は下の写真の1974年式ディノ・フェラーリで、さらにレース用のトレーニングを1994年式のマツダMX5で受けている)。今のところ、ヴェリ・ヴァンのチームが最も分析に適した液体としているのは無色透明のガラス瓶に入ったオリーブオイルだ。「オリーブオイルから得られた美しいスペクトルをお見せしたいです。しばらくの間、うちの社名をヴェリ・オリーブにすべきじゃないかと冗談を言っていたぐらいなんですよ」と彼女は言った。
彼らの目標は(彼らはすでにイノベートUK(Innovate UK)の量子技術補助金を獲得しているが)手で持って「誰でも使える」非破壊型光学メーターを用いて様々なワインを分析し、特徴を解析し、欠陥をはじき出すことができる方法を見つけることだ。明らかにワイン業界で歓迎される技術はコルク臭の原因物質であるTCA(トリクロロアニソール)でワインが汚染されているかどうかを見出すことだろう。「TCAは瓶内にごく微量しか存在しないのでそれを見つけ出すのは難しいかもしれません」とマルドゥーンは話す。可能性のある応用は特に高級ワインについて、その鑑定を行うことだろう。
今のところ、チームの注目はこの機器が実用的に動作するようにすることだ。持ち運び式光学メーターは他のどの実験機器よりも早く、安く、小さく、多目的で、現在市販されているどんなものよりも感受性が高い。だがマルドゥーンは「生産者たちがそれをどう使いたいのか正確に理解する必要がある」と語った。
彼らの仕事はすでに複数の大手ワイン企業や、世界的にも尊敬を集めるAWRI(オーストラリアワイン研究所)からも注目されている。個人的にはワイン業界に根を張っている科学者たちとの意見交換をもっと行って欲しいと感じる。
ヴェリ・ヴァンの現在の目標は入手可能なできるだけ多くのワインについて、それを識別できる分子(可能であればそれが瓶詰めされた時点のもの)のデータベースを開発することだ。これがあれば同じワインを後から分析しその由来を証明したり状態を確認したりする際に比較できるためだ。例えば、ワイン生産者は輸送中に過剰な熱にさらされたことによる劣化がないかどうか確認することができるようになる。また、分子の構成によってそのワインがどの品種で作られているか知ることもできるだろう。
彼らはそのような無数のワインの指紋ともいえる分子を解析し、「正確に個々のワインの味わいや構成を予測しワイン評論家が使う用語を用いて表現する方法」を学ぶ機械を使ってそのワインの客観的な表現(特にテイスティング・ノート)と連携させたいと考えている。そのようなデータベースは間違いなく他にないものだが、それがどうしたら最も使いやすくなるか、ここでもワイン専門家との議論がさらに必要だろう。
恐らくこの研究はワインを超えた応用も可能だ。マヌカハニー(糖度の高さは明らかに光学的に問題にならないはずだ)やバルサミコ酢など、ワインと同様なぜいたく品で非破壊検査による証明を必要とする製品は枚挙にいとまがない。香水業界もおそらくこの種の技術から得るものはあるだろう。
ワインの分析と証明
現在ワインを分析するにはほとんどの場合、その液体を高価で重く、そしてサンプルを気化して分析するような多くの機器を所有する専門の研究室に送付することになる。
高級ワインの価格が高騰するにつれ、偽造品を販売するという欲望も高まる。その実例は非常に多い。2014年にカリフォルニアに拠点を置く若いアジア人、ルディ・クルニアワンは多くの高額ワインのテイスティング・グループに潜入し数百万ドル相当の偽ワインを販売した罪で懲役10年が言い渡された。これらのワインには存在しないヴィンテージ、生産者、アペラシオンなどの組み合わせが見られた。彼の創造物が流通あるいは個人のセラーにああとどれほど残っているのか、知る由もない。
高級ワイン鑑定の専門家 (和訳)はワインのボトルをフォイル、ガラスの種類、形や重さ、コルクの特徴、そしてラベルの細かな要素まで隅々まで確認するしかない。
(原文)