ARTICLEワイン記事和訳 本記事は著者であるジャンシス・ロビンソンMWから承諾を得て、
Jancisrobinson.com 掲載の無料記事を翻訳したものです。

289-1.jpgボルドー・ワイン業界の中心人物に関するこの記事のショート・バージョンはフィナンシャル・タイムズにも掲載されている。

ボルドーのワイン業界はことのほか結束が固い。巨大な売買事業を運営するネゴシアンはワイン商として幾世代に渡ることが多く、シャトーを所有したり、ボルドーのワインを最終的な消費者、多くの場合は投資家の下へ届けるための長い商業ルートの一端を担っていたりする、同様に長い歴史を持つ一族と取引している。例えばシャトーの所有者にヴィンテージごとにいくらの価格をつけ、誰に配当するべきか助言する、クルティエというしゃれた名称の仕事がある。その中の一つがタスト&ロートンで、この地域の栽培環境に関する詳細な記録を250年以上に遡り保有している。

ネゴシアンのほとんどはメディアに対して好意的だ。中には最新のヴィンテージがお披露目され、点数がつけられ、市場に出るという非常に重要なプリムールの期間にジャーナリスト向けの特別なテイスティングを開催しえてくれることもある。その中に私の心を惹きつけてやまない、力と名声、そしてこの上ないほどの思慮深さを併せ持った人物がいる。私がジャン・フランソワ・ムエックスを見かけたのは、彼がかつてボルドーの地元に人が好むレストラン、チュピナの込み合ったフロアで自身の指定席に座っているところだった。また、その息子で確実に後継者と目されるジャン・ムエックスとはすべてのボルドー・ワインの中でも最も高値のつく、ある意味神話的なポムロール、ペトリュスのテイスティング・ルームで短時間一緒に過ごした。

ジャン・フランソワは非常にわずかずつではあるが脚光を浴びるようになったのは間違いなく、輝かしい功績を持つワイン商であり芸術の収集家でもあった父ジャン・ピエール・ムエックスの死去にあたりペトリュスが相続されたこと、そしてその経営を生まれついての魅力にあふれた弟、クリスチャンから引き継いだことだろう。(現実にこの一族のジャン・フランソワ側から私にコンタクトがあったのは唯一、当時多くの人が書いていたシャトー・ペトリュスという名称ではなく以後ペトリュスとするように通達があった時だけだ。クリスチャンと息子のエデュアール・ムエックスはどちらかと言うとシャトー・ラ・フルール・ペトリュスに力を入れている。)

ペトリュスを販売するのは訳ないことだ。ジャン・フランソワの、最高品質のボルドーを価値あるものに変える比類ないネゴシアンとしての能力はその仲間から尊敬と羨望を集めている。彼は特に高級品を取り扱うワイン商、デュクロも所有している。デュクロは世界中のインポータ、フランスやアメリカの高級レストランなどにワインを販売し、ウェブサイトおよびボルドー、パリ、ブリュッセルにある実店舗では消費者への小売も行っている。

ジャン・フランソワ・ムエックスは非常に高級なシャトー・モンローズとカロン・セギュールの一部の株を所有し、さらには不屈の精神を持つマダム・ジャンヌ・デキャヴによって集められた非常に古いヴィンテージが名を連ねるコレクションを誇るネゴシアン、メゾン・デキャヴの株も、2014年に(同じくボルドーのシャトーをいくつか所有する)シャンパーニュのルイ・ロデレールがその所有権の大半を獲得するまで所有していた。

マダムDの精神を引き継ぎ、デキャヴは彼女が1999年に死去したのち、2人の女性によって経営された。マリー・フランス・ショーヴァン(Marie-France Chauvin)を継いだのはアリアン・カイダ (Ariane Khaida)で、2014年にムエックス父子のためにデュクロの経営を担う重要な地位に就いた。

爽やかで外交的な43歳のシャンパーニュ人は外科医の娘で、正反対だが互いにそれを補い合う2つの世代に尽くすことが非常に楽しいのだと公言している。ジャン・フランソワはボルドーのあらゆるワイン事情に精通した専門知識をもたらし、ジーンズを履いた長髪の弱冠32歳の息子、ジャンは水平方向の、グローバルな視点を与えてくれる。例えばボルドーの堅苦しいイメージを、流行に敏感なソムリエたちを直接パリ、ニューヨーク、そして最近ではロサンゼルスのラ・ヴィニコール(La Vinicole)でもてなすことで払しょくする方針へ舵を切ったのは彼だ。レ・ゼコー紙のインタビューで彼は融資にも挑戦してみたが「カッコ悪い」ので辞めたと話している。以来彼は様々な接客系のベンチャーの立ち上げに忙しい。

恐らくジャンは一族の持ち株会社であるヴィドロ(Videlot)の重要な資産、ペトリュスの株の20%を世界最大の酒類メーカー、アンハイザー・ブッシュ・インベブの株を大量に保有するサント・ドミンゴ家に売るという最近の決断にも深くかかわっているようだ。ムエックス一族はインポータに対し、この件は「ヨーロッパの他のブドウ畑への投資」への序曲に過ぎないと話したが、今のとことその続きは聞こえてこない。

私はクリスマス直前、ボルドーのカテドラル近くにあるデュクロの新しいオフィスでアリアン・カイダと会った。訪問者はルーフ・テラスにあり、細長いプールを螺旋が見下ろす、アーキテクチャ・トゥデイ紙に掲載されても違和感がないであろう部屋を楽しむことができる。この写真は私が待っている間に撮ったものだ。グッゲンハイム美術館、でなければなんだろうか?

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カイダ(かつてパイロットの免許も持っていた)は4年間LVMHに勤め、うち2年間はルイ・ヴィトン用の皮革のバイヤーとして世界中で皮を選んでいた。今はどちらかといえばあまり飛び回らず、ワイン業界に属さない夫を得た彼女は、緑茶を飲みながらボルドーのネゴシアン(現在総計2000社ほどあるが、実際に力を持っているのは1ダースほどだ)が2002年に彼女が着任した頃と比較して飛躍的に専門性が高まったと強く述べた。そして彼女はワインをブランドと表現し、10年前、20年前には考えられなかったそれらの位置づけや販売方法に起こった革命について話した。トレーサビリティとフォークリフトが今の流行であり、都市の周辺に散らばっていた温度管理された倉庫が波止場にあった雰囲気のあるセラーに取って代わった。カイダはデカンターのジェーン・アンソンのインタビューで、現在ラ・プラース・ドゥ・ボルドーで提供されているボルドー以外のトップ・シャトーの入念な流通やブランド・ビルディングの手法からボルドー人は非常に多くのことを学んだと告白している( Bordeaux compared with the world outside参照のこと)。

事実上ほぼ全ての企業がアジアの非常に重要なハブである香港にオフィスを構えているイギリスの高級ワイン業界同様、世紀の変わり目にボルドーのワイン業界がアジアでのビジネスを露骨に奪い合ったことはよく知られている。デュクロが香港に参入したのはわずか18カ月前のことで、ボルドー・ワインだけを一般的な中国市場と日本へ供給している。「中国の需要が2010年から2012年の間にピークに達した頃、私たちはニューヨークでの立ち上げに忙しかったんです」カイダはその遅れについてこう説明した。

彼女が中国市場の浮き沈みの激しさに不満を感じているのは明らかだ。6年前習近平国家主席による過剰な贈答品禁止令によるスランプからようやく脱し、求められるワインの幅は広がった。だが昨夏中国の需要は冷え込み、9月以降は凍結状態と言える。

高級ワイン取引は業者の間で多くの仲介取引が存在するアンティークのビジネスに似ている部分があるが、デュクロは流行の来歴証明書を活用している。少しでも偽ワインのにおいがすれば、商品をシャトーから直接仕入れていることが証明できるワイン商の強みが生かせる。「二次市場からはほとんど仕入れることはありません」カイダは明言し、「もしそうするとしたらインボイスに印のあるものだけです」。

デュクロの専門性はボルドーのワイン・エリートである格付けシャトーということになろうが、カイダは自分たちの手をスーパーマーケットと取引をすることで汚さない点も明らかに誇りに思っているようだ。だがそんな彼らでも、ボルドーの番付が下がりつつある現在の状況を黙認するわけにはいかない(現在のボルドー・ワインは最高の地位にあるワインの中で世界で最も値ごろ感の悪いものという位置づけから、地位の低いワインの中で最高にお値打ちなものまで多岐にわたると私は考える。下記のお勧めのお値打ちリストを参照のこと)。カイダによると顧客の需要にこたえるため、多くのプティ・シャトー(彼女は「この呼び方は好きではない」と述べていた)の発掘を行っている。専門のバイヤーを雇い、社内でのテイスティング委員会で承認し、専用のテイスティング・ノートを書く責任者も準備している。

長年にわたりボルドーのネゴシアンの日々の糧は毎春に行われるプリムールだったが、それら生まれて間もないワインの需要は落ち、カイダによるとプリムールの売り上げはヴィンテージの質、その年の値付け、世界の経済状況によっては売上高の30%ほどにしかならない年もあるほどだ。ボルドー人の典型的なビジネスのやり方にたがわず、デュクロも彼らのビジネスが依存しているシャトーの所有者たちと契約書は一切交わしていない。

ボルドーの強みはこの歴史的な関係であり、カイダによれば「主要な一族間の関係がこのシステムを安定化させている」。だが一方でいかに品質が低くても、いかに売るのが難しいとしても、特定のシャトーからの配分を断ったり、減らしたりすることはほぼ不可能だということも認めた。

現在大きく変わったことは、このプリムールがアメリカ人、ロバート・パーカーが事実上その市場を握っていた頃のように一人の評論家のつける点数によって左右されなくなったことだ(彼は引退している)。カイダはこのような支えのない取引が「より難しいけれどもより面白いんです。今やシャトーは点数以外のことを話せますから。自分たちの愛するワインを守る権利があります。」と話す。まったくその通りだ。

ボルドーのお値打ち品

以下、価格の安い順に並べたリストはこの数カ月に私がテイスティングし非常に価値があると思ったワインだ。ワインのヴィンテージに大きく幅がある点に注意されたし。

Ch Argadens 2015 Bordeaux Supérieur (a wine of the week)
£11.50 Davy’s Wine Merchants

Ch Cabos 2015 Bordeaux
£11.50 Lea & Sandeman

Ch Poitevin 2012 Médoc
£17.95 Lea & Sandeman

Ch Fontesteau 2000 Haut-Médoc
£19 The Wine Society

Ch Les Hauts-Conseillants 2012 Lalande de Pomerol
£21.95 Davy’s Wine Merchants

テイスティング・ノートについてはデータベースを、取扱業者についてはWine-Searcher.comを参照のこと。

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