ARTICLEワイン記事和訳 本記事は著者であるジャンシス・ロビンソンMWから承諾を得て、
Jancisrobinson.com 掲載の無料記事を翻訳したものです。

330-1.jpegこの記事のショート・バージョンはフィナンシャル・タイムズにも掲載されている。Anderson Valley – the tasting notesも参照のこと。

独特の方言のあるワイン産地に興味が湧かない理由があろうか?ブーントリングとはウィキペディアによると「現在その言語を話す人の多くが年老いていく反文化主義者」だそうだ。その北限は地元では「深い終わり」として知られており、地質学的な特徴はベアワロー・ウルフィ(Bearwallow-Wolfey)と呼ばれ、ワインに時折感じられる、この地に自生する小さなミントの香りのする花はペニーローヤルと呼ばれる。

とは言っても、私が最近カリフォルニア北部を訪問した際、メンドシーノ郡にあるアンダーソン・ヴァレーに惹かれたのは言語的な観点からではなく、ワイン、特にピノ・ノワールの品質だ。ピノ・ノワールは今特にアメリカで広く人気を博しており、流行に敏感な生産者や消費者たちは北部にあるソノマ・コーストや、南部のサンタ・バーバラ郡にあるサンタ・リタ・ヒルズなど(二つの意味で)最もクールな産地を追い求めている。

確かにアンダーソン・ヴァレーは間違いなく冷涼な地域だし、谷底にある地域の一部は冷涼すぎてブドウが成熟できないほどなのだが、厳しさというよりは芳しい魅力を備えた、比較的リーズナブルな価格設定のワインが作られている産地だ。私自身も今回の旅で感じたことだが、その素朴さも魅力の一つだ。この地は流行の比較的新しいソノマ・コーストからさらに北へ、海岸沿いの尾根を一つ越えたところにある。19世紀半ば、メキシコからカリフォルニアを奪還した出来事に深くかかわった家族の名にちなんだこの地の谷は狭く、深い森は15マイルに渡り伸びている。そこにつながる唯一の道はセコイア並木とリンゴ農園を縫う2車線のハイウェイ128だ。木材運搬トラックは走っているものの、その静寂は守られ、踏み固められた道という表現からは程遠い。ある種隔絶された土地だからこそ、その土地の方言が発達したのかもしれない。

ナパ、あるいはソノマとさえ精神的に大きく異なるこの地は、マリファナが合法化されるはるか以前からその栽培者たちに隠れ家を提供していた。一方ゆっくりとではあるがブドウを原料にした「酔えるもの」の小規模な生産実験も行われてきた。ナヴァロがカリフォルニアで最高級のリースリングとゲヴュルツトラミネールの生産者であるのは確かだが、アンダーソン・ヴァレーが世界のワイン地図の中で認識されるようになったのは尊敬を集めるシャンパーニュ生産者、ルイ・ロデレールが1980年代にアンダーソン・ヴァレーでカリフォルニアのスパークリング・ワインを作ろうとしたことがきっかけだった。(同業のシャンパーニュ人やカバの生産者たちは皆遥か南部の産地を選択したが、現在気候変動への対応力ははるかに低い)

1988年、ヴィントナーズ・リザーヴ・シャルドネが市場を席巻したケンダル・ジャクソンはこの地のパイオニアであるエドミーズ・ヴィンヤードを、さらに現在もジャクソン・ファミリー・ワインズ所有で現在マギー・ホーク、スカイクレスト、セイブルと呼ばれる3つの畑を買収した。他の最高品質の畑同様、霜に弱い谷底からは離れつつ、わずか4、5マイルしか離れていない太平洋から夜ごと海岸山脈を越え「深い終わり」を経由して入り込む霧による冷却効果が得られるのが特徴だ。一般的にこの霧は南部まではごく一部しか入り込まないため、南部の畑では午後の海風を受けられるよう、標高の方がより重要となる。

もう一人注目を浴びている生産者はテッド・レモンだ。彼の(ソノマ・コーストとアンダーソン・ヴァレーで作られている)リトライ・ピノ・ノワールは今やカリフォルニアで最も尊敬を集めているワインの一つだ。また、最近ある意味議論の的でありつつ賞賛を集めているのがリース・ヴィンヤーズの参入だ。当初このワイナリーはブルゴーニュ好きのベンチャー・キャピタルであるケヴィン・ハーレイが金に糸目をつけずにシリコン・ヴァレーのすぐ近くにあるサンタ・クルーズ・マウンテンズに設立したものだ。リースの急こう配で西向きの畑はベアワローと呼ばれ、その中でもポーキュパイン・ヒルにある特別な区画にある。

リースでワインメーカーを引き継ぐ前、ジェフ・ブリンクマンはアンダーソン・ヴァレーで働いており、この地が「はじけるような赤い果実と可憐な花の香り」を表現できるワインを生産できることに魅了されていた。リースの畑はほとんどが山沿いにあり、ブリンクマンは特にベアワローの変化に富んだ標高と細かなシェール、石英、砂岩からなる土壌が気に入っている。リースはこのベアワローと新たなイタリアのプロジェクトのため、サンフランシスコの南までメンドシーノからわざわざブドウを運搬しないで済むよう、ここに新しいワイナリーを建造中だ。

北にある「深い終わり」の地は緯度のせいではなく、太平洋に近いために最も涼しい。最北の畑の一つはジャクソンのマギー・ホークで、サラ・ヴュートリッヒ(Sarah Wuethrich)が美しく手入れをしているが(下の写真は我らがカリフォルニア専門家で今回一緒にアンダーソン・ヴァレーを旅したエレイン・チューカン・ブラウンと彼女を一緒に撮影したものだ)、彼女によると最も北の区画はザ・ベア・ブロックと呼ばれており、この地の野生動物、とくに熊にとって非常に魅力的なため、捨て石ならぬ「捨て区画」としているそうだ。

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彼女はアンダーソン・ヴァレーのブドウ栽培者コミュニティの結束が非常に固いと認識している一方、最近のテロワール研究が若手生産者と古株との間の溝をあぶりだすことになったとも話した。前者は公的なサブリージョンの設立がこの谷の多様な違いを評価するものだと理解している一方、後者はサブリージョンを作ることで品質のランク付けにつながることを懸念しているためだ。よくある対立構造とも言える。

メンドシーノは一般的なアペレーションで、東部にある広く、温暖な谷床部にある畑で作られたワインのほとんどがその名で売られているのだが、今回の訪問で私が特に興味を惹かれたのはアンダーソン・ヴァレーのすぐ南にあるアペレーション、ヨークヴィル・ハイランズで、中でもメンドシーノのほとんどの生産地域よりはるか西、アンダーソン・ヴァレーと冷たい太平洋の間に位置するメンドシーノ・リッジは特筆に値する。標高365mを超えるメンドシーノ・リッジは「空の孤島」として知られており、その標高に達する土地は周囲にない。標高が高いためこの丘陵地のほとんどはフォグ・ライン(訳注:冷却効果のある霧の到達する標高)よりも上にあるものの、海からの厳しい冷風にさらされている。標高790mにあるマリアー・ヴィンヤード(Mariah Vineyard)はカリフォルニアで2番目に標高の高い畑であり、海からも目と鼻の先だ。比較的新しく、不定休で運営されているマイナス・タイドはこの畑とメンドシーノ・リッジにある畑から特に有望なワインを作り出している。

ヨークヴィル・ハイランズは、アンダーソン・ヴァレーのある生産者が「地質学的にごちゃまぜな」土地だと一蹴していたが、イギリス人カップルがここで作るシラーは非常に印象的だった。彼らは平日はシリコン・ヴァレーで働き、週末になるとこの2,500フィートにある今流行のシスト土壌の畑にあるブドウを世話し、ハルコン(Halcón)というワインを作る。イギリス人のローヌ専門家でありワイン・ライターでもあるジョン・リヴィングストーン・ラーモンス(John Livingstone Learmonth)と共にローヌを訪れた際にローヌ・ワインに魅了され、その再現に全力を注いでいるのだそうだ。

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以下のお勧めは21本のアンダーソン・ヴァレーの2018ピノ・ノワールをリリース前にテイスティングした結果に基づいている。どれも今十分に楽しめるものだと思うが、おそらく今年終盤になるまでアメリカの市場にすら出回ることはないだろう。ヴィンテージに関わらずお勧めできるアンダーソン・ヴァレーのピノ・ノワールとしては、アントヒル・ファームズ、コパン、リトライ、リースのものが挙げられる。

アンダーソン・ヴァレーの愛らしいピノ・ノワール
アルコール度数とアメリカでの小売価格を併記した。

以下のワインには20点満点中17点をつけている。

Anthill Farms 2018 13.3% $40
Drew, Morning Dew Ranch 2018 13% $70
Maggy Hawk, Jolie 2018 13.8% $65

以下のワインには20点満点中16.5点をつけている(私の基準では高得点だ)。

Bravium, Wiley Vineyard 2018 13.1% $39
Copain, Abel 2018 12.9% $65
Hartford Court, Velvet Sisters 2018 14.1% $75
Husch 2018 13.9% $25
Long Meadow Ranch 2018 13.5% $42
Witching Stick, Dowser’s Cuvée 2018 14% $42

テイスティング・ノートはAnderson Valley – the tasting notesを、取扱業者はWine-Searcher.comを参照のこと。

原文