ARTICLEワイン記事和訳 本記事は著者であるジャンシス・ロビンソンMWから承諾を得て、
Jancisrobinson.com 掲載の無料記事を翻訳したものです。

337-1.jpg今年は集団で行うワイン・テイスティングの未来に疑問符がつけられる年となった。ワイン・フェアも、プリムールのテイスティングも中止になった。おそらくDWWA(上の写真は2019年にエクセル展覧会センターで撮影されたもので、左から右へサラ・ジェーン・エヴァンスMW、ピーター・リチャーズMW、アンソニー・ローズMW)のようなワイン・アワードも全て中止だろう。では、今後どうなっていくのだろうか?この記事の別バージョンはフィナンシャル・タイムズにも掲載されている。

ワインを飲むことは典型的な社会的行為だ。テーブルを囲む飲み手は知識の豊富な玄人。ワインを一人で飲むのはタただの酒飲みだ。

ではワイン・テイスティングという全く異なるビジネスはどうだろうか?ワイン産地への旅行はできなくなり、ロンドンでひっきりなしに開催されていたプロ向けワイン・テイスティングは3月中旬以降白紙となった。そのため新しいワインはZoomで発表され、私は全てのテイスティングを自宅で行うしかなくなった。私の近所の人々や家族は回ってくる残り物のワインが増えて喜んでいる。

近年、第三者によるスコアや賞、推薦などはワインの販売に大きな役割を果たすようになった。特にソーシャル・ディスタンスという言葉が日常になる前は。アメリカのワイン審査会で最も重要な2つはサンフランシスコとテキサスで開催されるそれであり、今年のロックダウンの前に開催されていた。一方イギリスで最も重要な3つのそれはちょうど今の時期に毎年行われてきた。それらが授与するメダルやトロフィーは世界中の生産者や小売業者にとって重要な販売ツールだ。

デカンター・ワールド・ワイン・アワード(DWWA)に寄せられるパレット120台分にもおよぶワインがイギリスの目的地、ケントの田舎にあるセンシブル・ワイン・サービスに到着したのはロックダウン直前のことだった。センシブルのカール・フランズはそれらすべての記録を取る責任者であり、ザ・コンバージョン・グループが運営し、数年前にはDWWAのヘッドを引き抜いたインターナショナル・ワイン&スピリッツ・コンペティションのワイン管理も彼が担当している。ロンドンで3月に開催予定だったこの二大ワイン・テイスティングのためのワインは彼によるとおよそ10万本で、それらワインの扱いを生業とする彼によると「年末までに開催されるワイン・テイスティングは今のところ聞いていない」そうだ。

DWWAのアジア版はすでに中止となったが、ロンドンのそれは近年メディア・企業であるフューチャーplcに買収された姉妹紙、デカンターの主な資金源でもある。その収入の仕組みは1本あたり170ポンドとなる審査へのエントリー料金によるものだが、現在のところ審査を行うめどは立っていない。チーフ・アワード・オーガナイザーのナタリー・アールは秋に審査を再開できればと考えているが、いつもの会場だったエクセル展覧会センターは現在コロナ患者のための病院へと数週間前に姿を変えたことが広く知られていることからも、その見通しは明るくない。

ウィリアム・リード・ビジネス・メディアが所有するインターナショナル・ワイン・チャレンジはDWWAの主要なライバルだ。IWCの審査員はそのほとんどがイギリスに拠点を置いている一方、DWWAのテイスターは世界中から集まってくる点が異なる。審査員には1日あたり数百ポンドが支払われ、中にはこの審査会が年収の大きな割合を占めるという人物もいる。そんな審査員の嘆きは下記を参照のこと。

IWCの責任者であるクリス・アシュトンは3月17日に2020年度の審査の中止を決定した。イギリスの公式なロックダウンが発表される前のことだ。イギリス国内からのワインの発送は止めることができたものの、海外からすでに送付されてしまったワインはピーズ・ポテージにある温度管理された倉庫で保管されている。彼はこの審査を11月の最初の2週に、通常通りオーバル・クリケット・グラウンドで開催したいと考えているが、今年のワインの送付をやめたいという応募者には返金に応じると話している。特にロゼやシンプルな白ワインはそう考える向きも多いだろう。(2006年に書いたDWWAとIWCの比較記事も参照のこと)。パンデミック前のIWCディナーの写真は下の通りだ(1980年代にこの写真を撮影して以来私が使っているスローガンは「ワイン業界のオスカー賞」だ)。

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今年開催されることのないだろうヨーロッパ各地のワイン審査会のエントリーに総額およそ1万ユーロほどを使った人物の一人がフィリップ・コックスだろう。彼の会社、クラメレ・レカシュ(Cramele Recas)はルーマニア・ワイン最大の輸出業者で、世界中の小売店と取引がある。彼は多くの顧客にワインを販売する際に頼りにしていたメダルの「点滴」がなくなることを心配しているが、それよりもっと心配なのは、数多くの商談の場となってきたあらゆるプロ向けワイン・フェアが中止となっている点だ。香港や中国で予定されていたものの多くは内部向けウェブサイト程度しか用意されていない。デュッセルドルフで毎年開催されるプロヴァインは現在ヨーロッパで最も人気の高いワイン・フェアだ。それに関連してデュッセルドルフのホテル業界は価格を吊り上げているとみなされており、すでに不満の的となっていたが、現在返金を拒んでいることでその悪評がさらに高まっている。

もう一つ、売り上げに大きな影響を与える大きなワイン・イベントで延期を余儀なくされたのは4月初旬に行われるボルドー最新ヴィンテージのお披露目だ。ここ20年から30年ほどで数多くのコメンテータや海外のワイン商たちがこのフランス最大の高級ワイン産地に招かれ、出来立てのワインの樽試飲を行い、それぞれ点数をつけたり、購入したりしてきた。これほど早い段階でワインを購入する風習が始まったのは、有名なボルドーのシャトーですら資金繰りが厳しく、次のヴィンテージのためのキャッシュが必要だった、今では想像もできない時代に遡る。

ユニオン・デ・グラン・クリュ・ド・ボルドー(UGCB)は通常5000から6000人ものワインのプロを招き、彼らをテイスティングとゴシップで楽しませる。これは個々のワインのリリース価格を、市場がいくらなら払うのか算段するために欠かせない儀式になっている。この儀式の後1,2か月の間に、シャトーのオーナーたちが場合によっては1日に何十人も同時に価格を発表し、彼らが懇意にしているネゴシアンからその顧客に向けて、そのワインがどれほど早く配分されていくか固唾をのんで見守るのだ

UGCBは今回マクロン首相が国のロックダウンを決定する直前まで、このプリムール狂騒曲の開催を検討していたようだ。そして現在でもまだ、できたばかりの2019のワインを世界中の重要な人物やメディアにサンプルとして配布する予定だと発表している。私はあらゆる点を考慮し、彼らから打診された140ものワインの提供を断った。私はこれまでもずっと、長期熟成を前提として作られたワインはもっと時間が経ってからの方が正確にその品質をテイスティングできると考えてきた。それに、世界がこの上なく困窮した状況にあっても間違いなく大きな需要があるはずの2019を抱えるトップシャトーは今や、キャッシュに事欠いてはいないだろう。

また、作られてからたった6か月しか経っていない不安定なワインを世界中に、真夏の暑さの中送る点にも技術的に大いに疑問を感じる。宅配業者が扱う荷物はあくまでどのような複雑な工程を経て、どれほどの委託者の手を経たということした追跡できない。ワインの健全性も、受け手の健康も考えなくてはならないのに。

(読者の中には毎年ロンドンで開催されるブルゴーニュ週間でテイスティングされるワインも樽サンプルだと指摘する向きもあるだろう。だがそれらははるかに熟成されたもので、6ヵ月ではなく16ヵ月が経過しており、冬の低温の中で輸送されている。また、一般的に輸入業者の代表によって直接、産地からワンステップで送られてくる。)

それから、上記の問題点はプロによるワイン・テイスティングは大量にワインを吐き出す作業を伴うという避けがたい事実に一切触れていないということも忘れないで欲しい。

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DWWAのコ・チェア、マイケル・ヒル・スミスMW、アンドリュー・ジェフォード、サラ・ジェーン・エヴァンス

あるワイン審査員の嘆き
ローデリック・スミスはニース近郊を拠点とするMWだ。

「ワイン審査会での審査は、たとえ収入にならないものだとしても私のプロとしての人生の中で重要なものであり、私はそれを心から楽しんでいます。様々なワインに触れ、自身をアップデートする機会が持てることは(フランス在住の私のように輸入ワインの幅が狭い地域に住んでいる場合は特に)非常に重要ですし、業界の多くの人々、友人だったり新たな知り合いとなる人だったり、そういった人たちとのネットワーク作りも重要です。

今年は今のところ、ロシアと中国、そしてもちろん(プロヴァンス部門の)パネル・チェアを務めるロンドンのDWWAの審査が延期されました。このプロヴァンス部門に特に影響が強く出るだろうと感じるのは、審査を受けるワインのほとんどが現行2019ヴィンテージのロゼであるためです。消費者の多くは(必ずしも正しい認識とは言えませんが)現行ヴィンテージこそ最高だと信じています。でも延期された審査結果が出るのはロゼのシーズンである夏が終わってしまった後になってしまうのです。

もちろん、現在の世界的危機がワインや飲料部門にどれほどの影響を与えるのかはまだわかりません。そしてもちろん、人命にかかわる悲劇の前では取るに足らないことと言えるでしょう。国際的な旅行は恐らく大きく形を変えるでしょう。私自身も新しい収益の手段を考える必要に迫られると感じています。でも、ワイン審査というものは私の人生の一部であり続けて欲しいと心から願っています。」

原文