2015年8月27日 今回は2005ブルゴーニュを早い時期に評価した2007年初頭の記事を、次に公開するここ数か月で行った66アイテムに及ぶテイスティングに基づいたテイスティング記事「Burgundy 2005s revisited」の背景として再掲する。また、このヴィンテージの現在の状態に関する総論は無料記事である「2005ブルゴーニュへの冷静な対応 ( Keeping cool with 2005 burgundies )」を参照のこと。
2007年1月20日 これはフィナンシャル・タイムズに掲載された記事のロング・バージョンである。この類まれなヴィンテージの1300以上のテイスティング・ノートと、この味わいを生み出した背景についての総論も参照のこと。
「私はワイン業界で25年働いていますが、これほどのものはこれまで一度も経験がありません。」先週、ベリー・ブラザーズ・ラッド主催の混雑した恒例のブルゴーニュ・テイスティング会場を物色しながらグラハム・ガードナー(Graham Gardner) は言った。彼はほくそえんで手もみこそしていなかったが、会場に足を踏み入れてすぐベリーズが彼にさらに50ケースものオーダーをすると、実際に舌なめずりをした。2005ブルゴーニュはケースあたり4桁の価格が付くこともあり、過剰供給とマージン削減に苦しんできたワイン業界にとっては明らかによい知らせである。
家族経営のベリー・ブラザーズと、ディアジオ所有のジャスティリーニ・ブルックスは、ロンドンのセント・ジェームス・ストリートにある二大高級ワイン商である。それぞれ大量の、非常に評価の高い2005ブルゴーニュのテイスティングを先週ウェストミンスターにあるまさに同じエドワード調のグレート・ホールで連続して開催し、それぞれが既に200万ポンド以上のワインを売り上げている。もし配分を増やすよう生産者を説得できていたら、彼らはこの大きな話題となっているヴィンテージをはるかに多く販売できたかもしれない。事実、ベリーズはテイスティングの前から印刷した価格表を発送していた。それほどまでに需要が高かったため(特に偉大で最も高価なワインに関して)ブルゴーニュにいるマスター・オブ・ワインであるジャスパー・モリス(ベリー・ブラザーズでのテイスティングの写真を大きく拡大すると、左隅でワイン・コンサルタントのスージー・デ・パオリ(Susie De Paolis)に話しかけているのを見ることができる)は私にこう話した。「ほんと、あれをテイスティングできただけで大きなボーナスですよ。価格表が発送されて2日後の先週の金曜日までには2004年の販売数の合計と同じだけのワインが既に売れてしまっていましたからね。」このイベントでは通常、ワイン商の役割は発注カウンターにテイスターをの足を向けるよう働きかけることである。ところが今年モリスがしたことは、そのほとんどが無駄に終わったもののテイスティング・テーブルの間を縫い、ブルゴーニュ人たちにもう少しワインを売ってくれるよう頼んで回ることだったのだ。
彼の役割をジャスティリーニで行っているヒュー・ブレア(Hew Blair)は昨年のテイスティングで5桁、あるいは6桁もの注文を顧客からの電話で取り、非常に注目を集めていた。しかし今年はそのような寛大な振る舞いは通用しにくかっただろうし、あえて厳しく制限した招待リストによってワインをテイスティングできる顧客は限定されていた。これは多くの競争率の高いワインは一人の顧客を喜ばせる一方で他の顧客を失望させることがわかっていたからで、少なくとも6月の開花期の天候不良と非常に乾燥した天候のために2005の生産量が2004より非常に少なかったせいではない。もう一人のマスター・オブ・ワイン、ニック・クラーク(Nick Clarke)はイギリスでジョセフ・ドルーアンの代理人を務めているが、彼がベリーズについて言うように「みんな少しでも多くワインを買おうと努力しています。これほどの需要があることは素晴らしいことですが、全員を納得させるという意味では悪夢と言えます。」
これらは2005のブルゴーニュに関してロンドンで先週開催された過去最大数、20ものテイスティングのうちの二つでしかない。この5年間で1月の第2週はイギリスのワイン業界にとってブルゴーニュ・ウィークとして定着した。ワイン商は年明けの二日酔いを押して文字通りブルゴーニュに駆けつけ、生産者からサンプルの提供を受ける。実際には全ての赤と、高級な白はコート・ドールのワイン産地の裏道の地下深くの樽の中でまだ熟成の途上であるため、発酵から16か月のサンプルはただそのワインがその年の後半に瓶詰された後どのような味わいになるか、そしてその後5年から15年以上にわたり深みを帯び、称賛を得る可能性があるかを推測するためのものに過ぎないのだが。
赤と、ほとんどの白はそれぞれ、ピノ・ノワールとシャルドネから作られているが、その気まぐれさは悪名高く、ある時その輝きを放つと思ったら次の機会にはそうではなく、時には何年間という長い間へそを曲げてしまうこともある。ブルゴーニュは世界のワイン産地の中でも最も複雑な地域でもある。これはおそらく最も古い産地の一つであり中世の修道僧たちが作っていた当時のワインからどれほど変わってきたかではなくどれほど変わっていないかという点で目立っていることも理由だろう。畑は特級(最も偉大で最も好まれ、たいていの場合は非常に小さい区画)、その1ランク下の1級、そのワインが作られた村の名だけで売られ、ブルゴーニュが生み出すワインの大半を占める村名ワイン、そして村の隅で作られ、ただのブルゴーニュとして売られるワインに格付けされている。ほぼすべての畑は長年にわたる相続のおかげで非常に細分化され、多くの所有者がいて、そのブドウ栽培者およびワイン生産者としての能力も大きく異なる。そのため生産者の名前は畑やアペラシオンの名前と少なくとも同じぐらい重要である。
そしてまた、ブドウやワインを作った人とは異なる人がラベルにネゴシアン、あるいはワイン商の名前を表記して販売するワインもある。その中には非常に実力のあるワイン生産者かつブレンダーであり、ブルゴーニュの最も高品質のブドウを入手することができる人物もいる(ムルソーのジャン・フランソワ・コシュ・デュリのように自身の名前だけで何度もワインを完売することができるような生産者でさえ、ブドウの一部をネゴシアンに販売しているのだ。彼は自分のセラーは全てのブドウを扱えるほど大きくないからだと言うが、多くの人は税金対策として行っている)。
ブルゴーニュを真に理解することは非常に大変で、きっちり格付けされ、ほとんどのブルゴーニュのヴィニュロンよりはるかに大量のワインを生産するボルドーのシャトーより難解である。また、これらフランスの二大ワイン産地のもう一つの違いは読者のみなさんの立場によって長所にも短所にもなるのだが、一握りのドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティのような例外はあるものの、ブルゴーニュほど複雑なワインは二次市場をほとんど持たないことだ。また、購入する場合、ブルゴーニュはそれを本当に飲むことが目的であるという点も異なる。もう一つの大きな違いは多くの仲介業者が生産者と消費者の間に介在するボルドーに比べてブルゴーニュ市場の透明性が高い点である。ブルゴーニュの価格は生産者が考えるそのワインの価値と彼らが最終的に受け取る対価をかなり忠実に反映している。
2005のブルゴーニュの価格が高騰を見せ、最も競争率の高いワインに至ってはあからさまに冷たくあしらわれた2004比で最高40%も価格が上がっている事実と、比較的魅力に欠ける2006への期待薄とも相まって、上述のことは現在の2005への気違いじみた需要をより際立たせることになっている。主要な評論家がどのワインを買うべきかまだ明らかにしていないからなおさらだ。
しかし、ゆっくりとだが確実に、少なくともイギリス人たちはブルゴーニュ・ファンとしての自信を深め始めている。「イギリスの人々は明らかにブルゴーニュワインを選ぶ目が肥えてきています。」グラハム・ガードナーは続けた。「スーパーマーケットでさえ、なかなかの品揃えをしていますから。」現在2005の特級ワインを配分しているイギリスのワイン商にとって幸運なことに、彼らが熱烈に言い寄ってきた裕福なアジア人の顧客はまだブルゴーニュに大挙して押し寄せてくる様子はない。[このコメントは明らかに古い- JR 2015].
多くの資金をワインに注ぎ込む人々が世界で最も多くいるのはアメリカの海岸部である。アメリカ人はフランスのほかの偉大なワイン産地について、いかにそれが複雑であろうとも同じように物知りになったのだろうか?最近のニューヨークのオークションでは、カタログで垂涎の的であるブルゴーニュの産地と著名なヴィンテージのページに対する情熱はもちろん見劣りすることはなかったが、一つ傑出している部分がある。ブルゴーニュの生産者によるとアメリカ人バイヤーはイギリス人と比べて非常にヴィンテージに対するこだわりが強いのだそうだ。特定のヴィンテージは魔法がかかったように悩ましいほど魅惑的なオーラをまとい、その他を圧倒する。アメリカではブルゴーニュワインの購買に停滞期があった。もっとも明確なのは2003年のイラク戦争時、あの悪名高き反仏運動「自由のフライ」の時期と、非常に厳しいドル・ユーロ相場の影響が出た時期だ。だが2005はアメリカで、どれほど高くてもとにかく「買い」のゴールド・ヴィンテージに選ばれたことに間違いない。そしてこれは昨春発売された2005ボルドーを取り巻く狂想曲のほんの一部を反映しているに過ぎない。20005ブルゴーニュを扱う数少ないアメリカのワイン商はすでに最高級ワインを売りつくしてしまったため、一部のアメリカ人ブルゴーニュ愛好家は最高の2005を手に入れるのに必死で、ロンドンのワイン商から直接買い付けようとし始めているのだ。
このような状況の中、このヴィンテージに関する私の意見をここで述べるのは時間とスペースの無駄になるかもしれないが、多くのワイン、特に控えめな値札の付いた控えめなアペラシオンはまだ入手可能である。そして2005で最も素晴らしいことは多くの控えめなワインたちがなんとも素晴らしい出来であるということだ。単にブルゴーニュとのみラベルに記載しているワインですら、私の記憶にある限り最も調和がとれている。事実最近の最も偉大で最も高価なこのヴィンテージのワインをいくら払ってでもいいからと求める騒ぎには少し違和感を覚える。なぜなら天候には何の問題もなかったのだから、それらもっとも環境のいい畑、すなわち特級畑では彼らは他の年より手をかける必要がはるかに少なかったはずなのだから。
おそらくこのヴィンテージを取り囲む大騒ぎはこの早い段階では珍しくテイスティングしやすいことに一因があるのだろう。12か月前に提供された2004は(今の時点ですら)自然の酸が高く2006年の1月に提示されたサンプルはセラーから出したてだったがすでに冬の寒さに当たりワインが閉じてしまってテイスティングには向いていなかった。2005のブドウが突出して成熟し健康だったことだけではなく、最近のヨーロッパの冬が珍しくブルゴーニュでは温暖だったことで2005のカスク・サンプルが非常にフルーティーでテイスティングしやすくなったのだろう。
ムルソーにあるドメーヌ・ド・コント・ラフォンのドミニク・ラフォンは、このワインは今のところ非常に高い酸とタンニンを超成熟した健全な果実味でうまく隠しているが、しばらくしたら閉じてしまい、その予想とは裏腹にはるかに魅力的でない時代に突入するだろうと確信している。
我々の間では、ジュリア・ハーディングMWと私がロンドンでの18件のテイスティングに参加し、私はさらに12月に1週間ブルゴーニュでロンドンの業界向けテイスティングの大混雑(本当にそこでの仕事は非常に大変だった)の中に提供するには偉大すぎるワインをテイスティングした。我々は総計で1500ものこのヴィンテージのワインをテイスティングしたことになり、その品質と、特にスタイルが非常に多様であることに気づかされた。
パープル・ページでは全てのテイスティング・ノートを読むことができるし、このほぼ完ぺきと言えるヴィンテージのワインとそのもたらした自然の恵みから最高のものを作りだしたのは誰か、という私の見解は次の土曜の記事を参照してほしい。
最近のブルゴーニュのヴィンテージ
2004 – 収量が多く、見逃されがちで価格は非常に安い。白が魅力的。
2003 – 収量が少なく、賛否両論で大きくバラつきのある熱波の年。一部の赤は偉大で白は肉付きが良すぎる。
2002 – 赤も白もよくまとまっている。
2001 – 多くの物より軽い年。丸みが出てきた。
2000 – 1999の陰に隠れているが安定してチャーミングな白と赤を生産している。
1999 – 世紀最後かつ世紀最大のヴィンテージとなりうる。今世紀の2005に相当。
最近のブルゴーニュの価格
ベリー・ブラザーズのドメーヌ・ジャン・グリヴォ、クロ・ド・ヴージョの12本入り保税価格
2005 – £600
2004 – £480
2003 – £594
2002 – £498
2001 – £408
2000 – £402
1999 – £402
(原文)